エコノミー機材⑥ プアマンズナグラー - 「星雲星団は低倍率で」は本当か?

 テレビュー社のアイピースが日本に上陸した 198x年ごろ、見掛け視界が82°に達するというナグラーのスペックには度肝を抜かれました。度肝を抜かれたのはスペックだけではなく、その価格もしかりで、鏡筒に匹敵するような値段のアイピースにはとても手が届きませんでした。
 そんな時に出現したのが、今回紹介する「プアマンズナグラー」,もとい、「ユニトロン ワイドスキャン 13mm(たしか購入時は誠報社のバーゲンで 11,000円)」です。

■ 星雲星団=低倍率 は本当か?
UNITRON WIDESCAN 13mm 84deg. eyepiece
ユニトロン
WIDESCAN 13mm
 当時は星雲星団用アイピースというと、40mmのケルナー、そして32mmのエルフレがメジャーでした。入門本には「星雲星団はなるべく低倍率で」と書いてあって、ずっとそうだと思っていました。20倍とか25倍とか、そういう倍率が正義とされていました。
 ところが、Nagler氏の主張は違っていて、「星雲星団もなるべく高倍率で観察せよ」と、真逆のことを言っていたわけです。そこまで言われると興味がわきます。
 1.25インチのナグラーは 13mm。当時の手持だった15cmF5だと58倍にもなります。いわゆるケルナー40mmなどと比べると、ずっと高倍率なのです。初めてナグラーの広告を見たときの感想は、「そんなんで本当に星雲なんか見えるのかよ?」というものでした。
 しかし、ナグラー氏の「瞳径を絞って口径を無駄にしないのがいい」「バックを黒くしてコントラストを上げた方がいい」理論はなかなか鋭く、頭から追い出せなくなりました。
 そして、雑誌などでのナグラーの評価を読むにつけ、「広視界・高倍率」への憧れが募っていったのであります。
Televue started selling products in Japan dealed by Carton-optics co.
Nagler氏が来日,協栄産業に現れた時の記事(出典:天文ガイド1985年9月号)
ナグラー13mmは度肝を抜く6万円超え。当時はなぜかカートン光学扱いでした。

■ 星雲は高倍率で見ろ、はマジだった!
 思いは募っても高価なナグラーには手が出ないので、結局後から似たスペックでエコノミー級機材のユニトロンに手を出したのでありました。13mm、84°というスペックで、本家のナグラーより2°広いのもポイントです。
 理屈はともかく、とにかくこれでM42を覗いた私は、「おお~!」と唸ったのをよく覚えています。確かに良く見える!美しい!。40mmやら25mmのケルナーよりハッキリ見える!と。
 このWIDESCAN13mmで見るM42は、視野一杯に広がってガスの細部まで良く見え、しかも背景の夜空が黒く引き締まって見えるおかげで、淡い部分もむしろよく見えるではありませんか!
このノリで、二重星団 h-χ にも向けてみます。すると、おおおっ!細かい星々まで分解して美しい!ギリギリだけど全部視野に入る!…と、これまでの低倍率とは明らかに違う美しさを感じたのであります。視野が許すなら星雲星団も高倍率で見ろ、というNagler氏の主張は正しかったと確信というか実感するに至ったのであります。
 そういうわけで、このWIDESCAN13mmは今でも超お気に入りの一本です。迫力ある星雲星団を気楽に眺めたいならこの一本だ!と、思うのです(Naglerさん、ごめんなさい。性能は間違いなくナグラーの方がいいです)。たしかにナグラーと比べると視野周辺は収差が現れるし、歪曲がやや大きいとか、色々あるんですが、許容範囲です。そしてなんと言っても、WIDESCANはその外観が気取らない普通のプレスルみたいな細身で軽量なのも良いポイントです。
(あいにく、現在このアイピースは生産されていませんが、似たスペックのものが当時と似た価格でいくつか出てますね)
A comparison image between K40 and WS13mm.
84°の見掛け視界で見たM42のイメージ(※ふつうは色は見えません)

■ なぜ教科書の理屈どおりじゃないの?
 こうなってくると、「星雲星団は低倍率で」という教えは一体何だったのか?、という気分になってきます。いろいろ考察した結果、入門書の教えと信仰は勘違いだという結論に達しました。
 入門書が低倍率を勧めるリクツは、「単位面積当たりの光量」です。”倍率が上がって像が暗くなると、この面積当たり光量が減ってしまって見えにくくなる”、というものです。だれしも小口径望遠鏡で体験する、土星なんかを覗いたときに倍率を上げていくと像が暗いと感じたアレです(この体験が光量信仰を深めてる気はします)。
 私も、長らくこの教義を信仰していました。理に適っているように見えます。
 しかし、です。この教えはあくまでも網膜に届く光の強度の話だけをしていて、これを人間がどう認識するかという話は全くしていないのです。そう、人間の視覚というのはCMOSセンサと同じではなく、1ピクセルごとの光量なんて誰も認識できていないのです。

 具体的に、入門書の「面積当たり光量」の理論では説明できない実例を挙げて説明してみたいと思います。

 もし、入門書が言うように面積当たり光量だけが重要であるというのなら、望遠鏡を使っても暗い星雲が見えるようになったりはしない(!?)、という結論になってしまいます。
 そんな結論、奇異に感じますよね?
 でも、望遠鏡で見た時の面積当たり光量は、望遠鏡が集めてきた光を高い倍率で引き延ばして暗くしてしまうので、有効最低倍率まで下げても結局肉眼だけで見た時と変わりません。倍率を上げれば、肉眼よりもさらに面積当たり光量は下がって暗くなります。つまり、望遠鏡を使ったって面積当たり光量が増えることなんかないし、むしろ減るわけです。反射望遠鏡なんか副鏡の影があるので、どうやったって裸眼の面積当たり光量よりも暗くしかなりません。パロマー望遠鏡だって同じです。これは動かしがたい事実です。
 しかししかし、人間の眼の感じ方はその面積当たり光量とやらとはイコールじゃないのが現実なのです。
 例えば下の写真のM81/82です。この星雲は肉眼では見えませんが、望遠鏡を使えば市街地でも容易に見えるのです。WIDESCAN13mmで倍率を上げて面積当たり光量が肉眼の数分の1にまで減っても、ラクラク見えます。でも肉眼では全く見えません。別にこの星雲が小さすぎるわけではありません。入門書の教義どおりなら満月の半分くらいの大きさで肉眼でも見えているはずなのに、どう頑張っても認識できないのです。なのに望遠鏡で拡大されて更に暗くなってるはずの星雲は見えるわけです。
 この一事をとっても、入門書の「面積当たり光量」信仰を疑うべき理由になることは明白だったわけです。肉眼より小望遠鏡が、そして大口径望遠鏡の方が、星雲ははっきりと良く見えるのが現実です。

They can be seen when using telescope easily, but invisible w/o telescope.
M81と82。望遠鏡を使えば光害地でもまさにこんな風にラクラク見えます。肉眼では見えません。

全く別の例えでいくと、例えば信号機に使われるLEDですが、これが1個でも100個でも単位面積あたりの光量は同じです。しかし、我々の眼は「100個の方が明るい」と感じますし、そちらの方が視認性がいいというわけです。どうやら、人間の視覚にとっては総光量が大事であるように思えます。入門書だって、「集光力が大切」って言ってますもんね。
 そういうわけで、WIDESCAN13mmのように倍率を上げても星雲がよく見えた理由は、総光量が倍率によって変わっていないということや、場合によっては(特に光害地における)瞳径の関係でむしろ総光量が増えたということなんだろうと思っています。

■ そして大事な「コントラスト」
 そしてNagler氏も重視している「コントラスト」の問題も、人間の視覚にとっては重要だと思われます。高い倍率で星雲を見ると、”背景が黒くなってコントラストが上がる”という主張は、感覚的には良く合います。しかし、光量の理論的には説明がつきません。
 というのも、コントラストを「対象の明るさ÷背景の明るさ」と定義してしまうと、これは高倍率でも低倍率でも変わらないからです。
 どうやら、人間の眼で感じるコントラストはこの比だけではなく、背景や対象の明るさそのものに応じて上下するもののようです。適切なアイピースの選定で、見えやすいコントラストを作るということが大事であるように思われます。
 このあたりの最適値は、空の状態や対象天体によって変わるように感じます。比較的明るい天体は高倍率にして背景を黒くした方が良く見え、存在が微かすぎる対象は倍率を低めにしたほうが見えやすく感じます。
 そしてこの考察を突き詰めていくと…高いコントラストを得るための最良の方法は、空の暗いところに行くことだ、、という結論に達してしまうのでありました。うーむ。

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