賞月観星の広角アイピースの評判を聞くにつけ、どうしても入手したくなってしまい、品切れが解消された時に UWA 16mm を即買いしたのでありました。
このアイピースは中国の天虎光学(ブランド名: SkyRover)社製と思われ、「Nagler type6 の見え味を再現すること」を開発目標にしたと豪語する見かけ視界82度のシリーズです。
対するはこのクラスのアイピースの基準とでも言うべき Nagler type6 13mmと、エコノミーアイピース関脇の私のお気に入り WIDESCAN 13mm です。
エコノミー機材にエールを送る当ブログの趣旨としては、このUWA 16mmに期待しないわけにはいきません。
今回は、これらとの比較を通じて、感想を述べてみたいと思います。この内容は、広角アイピースの比較記事にも短評を追記しました。
賞月観星 UWA 16mm(中央)と、
比較に用いた Nagler type6 13mm、WIDESCAN 13mm
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また、これらの見え方の違いを比較していたら、類似スペック製品間の違いに思いを致すことになり、「もう ナグラー(1979*)も エルフレ(1921)やアッベオルソ(1880)と同列のクラシカル接眼鏡世代入り」を果たしつつあるんだなあ、としみじみ感じ入ってしまいました。その上で、違いが現れる点を考えながら、コカ・コーラ社やケンタッキーフライドチキンの特許戦略やTeleVue社の特許についても考えてしまったので、こちらについても比較の後に考察記事を載せておきます。(*Nagler type6 は 1987年)
さて、それではまずは比較記事です。中倍率・DSO向けアイピースでは、惑星用アイピースとは違って視界の中の全体の像のまとまりを気にする必要があって、アイピース設計の差が出やすいのが面白いところです。
※なお、テストは20cm F5反射に Skywatcher コマコレクターをつけた状態で行っています。像面湾曲による像の見え方など、主鏡F値にも大きく影響するところですので、ご留意ください。(本当は屈折望遠鏡でもテストしてみたいのですが、ちゃんとしたのを一つも持っていないのです…。)
■ 比較&短評 賞月観星 UWA 16mm
[f=16mm, FOV=82°, 実視野能1312, 1.25"]
像:中心A+, 50%視野A, 80%視野A-, 100%視野B+
像面湾曲:A--, 迷光: A
総合:★★★
焦点距離16mmで実視野能1312を確保する広角アイピースで、見た目はナグラー13mmより大きいのですが、重量は167gと軽めになっていて気楽に使えるアイピースです。11,200円にてゲットです。
見え味は評判通り素晴らしく、お気に入りだった関脇WIDESCAN13mm とは交代となる見通しです。しかし結論から申し上げるとNagler type6の再現にはなっていません。設計はデッドコピーではないようです。
星像は、82度という広い視野にもかかわらず非点収差的な星像の崩れがよく抑えられており、視野のかなりの部分までそこそこ良像を結びます。このあたりは、非点収差が目立つWIDESCAN と比較すると格段に良いと言えます。
焦点位置も内側に過ぎることもなく、コマコレクターをつけても純正のアダプタで合焦しました。迷光処理も良くできており、中倍率での背景の黒さが良く引き締まる見え味で、この点でもWIDESCANを上回ります。
そして問題の Nagler type6 との比較ですが、決定的な違いが何かと聞かれればそれは像面湾曲です。コマコレクターを使用した状態では主鏡の焦点面はほぼフラットと言ってよいと思いますが、その状態で中央と周辺で合焦位置が違うのはアイピースの像面が湾曲しているということと思われます。
この UWA 16mmは、Nagler type6 ほどの像面湾曲の小ささではなく、中央にピントを合わせると視野周辺ではややボケが生じます。この傾向は、コマコレクターを外すと更に顕著になりました(ただしWIDESCANと比較すると数段良好です)。
どうやら、アイピースの像面が対物側に凸に湾曲しているようです。
この点、Nagler type6 は恐ろしくフラット、もしくは若干対物側に凹になっている像面ではないかとすら思われる感触です。更に、Naglerはコマコレを外した視野周辺でも点に近い像を結びます。ここはさすがと言うか、本家の凄さを再確認してしまいまったところです(Naglerが、短焦点のドブソニアンを意識した設計で、コマ補正も意識されているように思われます)。
このUWA16mmの像面湾曲は、もう少しFが大きい屈折望遠鏡では目立たない可能性が大です。
そういうわけで、UWA16mmの見え味は Naglerと比較すると、イコールではないものの十二分に良く見えるレベルで、価格は 1/4ほどで、コストパフォーマンスは素晴らしいものがあります。価格はエコノミーアイピースとしてはやや高めであることを勘案しても、大関に据えたいと思います。2019年現在、新品入手が可能です。
■ UWAとNagler、なぜデッドコピーでないのか?
よく考えてみると、このUWAシリーズは焦点距離が Nagler シリーズとも違っていて、似たコンセプトながらも設計にはオリジナリティが伺えます。
しかし、私は思うのです。なぜ忠実なコピーを製品化しないのか?と。
模倣品と言うとネガティブに捉えられがちではありませんが、特許が切れている Nagler type6 を模倣することは法的にも健全なことです。(ちなみに Nagler の各レンズの材質、径、曲率、厚さ、間隔といった設計データは特許出願に伴って公開され、その権利が切れてから10年以上が経過して、すでにパブリックドメインのフリー素材になっています。)
もしも、いつまでも模倣が全く駄目だと言うことになったら、ニュートンの遺族が現れて放物面の主鏡の権利を要求できたりしてしまいますし、あるいはドロンド商会(1750-2015)に敬意を払ってアクロマートレンズの模倣をやめないといけないという話になってしまいます。
そこで、特許には時限ルールがあるわけです。たとえ特許を取得したとしてもその権利が保護されるのは20年で、この時限ルールゆえに産業が発展し、新しい発明の努力が生まれてくる仕組みになっているわけです。
こうして、ナグラーは既にアッベオルソやエルフレと同列に語るべきアイピース形式の一つになったとも考えられます(但し、Naglerというネーミング自体は登録商標です)。
そう考えて行くと、既に誰の権利でもない Nagler type6の設計とはわざわざ異なる焦点距離を選択して、UWAが独自設計を採用していることは謎ではあります。私見ながら、ここには単なる模倣でないメーカーの真摯にチャレンジする姿勢を感じるところでもあります。
SkyRover社のこうした姿勢を勘案すると、より新しい設計の見掛け視界100°のXWAシリーズも世間の評判がこれまた高いのも頷けます。おそらく同社はUWAを設計した時よりもさらに技術レベルが上がっているのでしょう。期待とも脅威とも言える感覚を抱いてしまうところです。
Nagler(type6)の出願は 1987年。 2007年に権利は消滅しています。 |
■ TeleVue の特許はフライドチキン戦略か?
今回の比較では Nagler の良さを再確認してしまったわけですが、そのNagler の特許に目を通してみると、とても不思議なことに気付きます。
この特許、実は焦点距離10mmの場合の設計値だけが権利になっているのです。
レンズ構成自体は権利は請求されておらず、Nagler type6 に 10mmというラインナップも存在しません。
つまり、レンズ構成そのものは真似してくれてOKで、例えば Nagler 13mmを分解調査してデッドコピーを作って売っても、TeleVue社は何の権利も主張できなかったことになります。
一体何の権利を守りたかったのかは謎、というわけです。
つまり、製品を手にしても簡単には真似できない各種ノウハウが込められていると同時に、開示情報が20年やそこらでフリー素材化されては企業の存続に関わる、ということなのでしょう。
全くの私見ではありますが、Nagler type6も似たところがあるんじゃないか、と思うわけです。特許の文書には、設計方法自体は開示されておらず、あくまでも焦点距離10mmのときの設計値だけが記されています。
つまり、他社が10mm以外のものを設計するためのノウハウは秘匿されたままなわけで、簡単には真似できない、ということです。分解調査すればよいのかもしれませんが、あの性能を実現するためのキモは簡単には分からないということなのでしょう。
この TeleVue社の有名無実な特許出願は、その発明が同社によるものであることを示す、なにか名誉的な位置づけだったのかもしれません。
#それにしても、フリー素材になって詳細が開示されてるNagler type6 10mm、誰も製品化しないんだなあ(名誉の出願…であるなら、なおのこと気になっちゃうところです)。
コメント
賞月観星 UWA 16mmは根拠なくナグラーのコピーだと思っていたのですが、独自設計の模様ですか。さすがの考察です。
自分の短絡ぶりを反省するとともに、あれだけのアイピースを独自設計し、あの価格で提供できるのは素晴らしいことだと思いました。天虎光学は、今後、アマチュア向け光学製品の進化に中心的な役割を担っていく会社になるのかも知れません。上質のコマコレクターやバローレンズの開発にも期待を持ちたいところですね。
テレビュー社の姿勢は「真似できるものなら真似してみろ、レシピ通りにやったって、同じものは作れないから」でしょうかね。これも職人っぽくていいですね。
日清がUFOのソース味を再現できなかった件を思い出しました。
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwiekILd6oblAhUGqpQKHRsEAwYQygQwAHoECAEQBw&url=https%3A%2F%2Fja.wikipedia.org%2Fwiki%2F%25E6%2597%25A5%25E6%25B8%2585%25E7%2584%25BC%25E3%2581%259D%25E3%2581%25B0U.F.O.%23%25E3%2582%25AA%25E3%2582%25BF%25E3%2583%2595%25E3%2582%25AF%25E3%2582%25BD%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25B9%25E3%2581%25A8%25E3%2581%25AE%25E9%2596%25A2%25E4%25BF%2582&usg=AOvVaw1JlWglsc7rD06g4sZ5Yb95
シベットさんのご紹介通り、UWA16mmは素晴らしい性能でした。
そして本家の凄さを再確認することになってしまったのですが、仰るように「真似て見ろよ~」ということなのかもしれません。
レンズ構成は同じだと思いますが、設計そのものは大変だったと思います。特許にも、どの屈折面がどういう作用をするかはほとんど記載されてないですから。
ここのところはオタフクソースと同じで、頭をひねって編み出したものは簡単には再現できないのかもしれません。
ところで天虎光学は、私も注目の企業だと思います。非常に意欲的ですし、品質に対する意識も高そうです。なにより、独自開発を行っているということで、日々進化しているところは刮目して見るべし、と思ってます。