近頃の天文雑誌は読むところが無い…、などという感想を持ったときに、ふと思い出したのです。30年くらい前に読んだ天文ガイドの「読者サロン」欄に、当時の誰かが同じ感想を書いていたことを。
私自身が初めて買った天文雑誌はこの天文ガイド誌で、小学2年の頃から随分お世話になりました。その当時は、それこそ繰り返しボロボロになるまで誌面を読み返し、次の発売日が待ち遠しかったものです(ほとんどは広告を眺めていただけの気もしますが)。
それが、今になって同誌を買っても、パラパラと斜め読みしてキレイなままの雑誌は本棚行きという状況だったりするのです。
これは果たして、雑誌の内容が変化したのか、それとも私自身の感性が変化したのか、気にかかるところです。そういうわけで、当時の天文ガイドを再入手した上で比較してみたのでありました。
また、同様の現象は極東の島国だけで起きる問題なのかどうかも気にかかるわけです。そこで、西の雄、米国 「Sky&Telescope」誌も取り寄せて比較してみました(ほかにも洋雑誌はいくつかありますが、あくまでも事例として、です)。
最後に、現在の日本のもう一方の雄「星ナビ」誌との比較もしつつゆるーい感想を書き綴れればと思いますが、長くなりますので、今回は「天文ガイド」編です。
■ 東の雄「天文ガイド」誌
日本ではもっとも老舗の天文雑誌となる天文ガイドは、発行している誠文堂新光社による2018年6月時点の資料によれば、発行部数8万部(※)とのことです。読者層は40代男性が中心で、10代にも需要があるものの20代やシニア層は極端に少ないようで、また、読者としては関東に多い傾向があるようです。
※こちらの資料を見ると、8万部の発行部数は2008年度の集計値と同一になっています。
・【変遷の概略】創刊(1965年)~1974年~1985年~2012年~2020年
天文ガイド誌の創刊は1965年7月創刊ですが、残念ながら入手はかないませんでした。リンク先で紹介されている当時の誌面はとてもシンプルなものだったようです。表紙の体裁は毎年変わっていたようですが、1970年頃から2003年10月まで長らく続く形が出来上がったようです。
1974年には観測ガイドと特集&連載記事、という現代に繋がる形が出来上がり、それはハレー彗星の1985頃にも変わりません。そして火星大接近の年(2003年)の11月号から表紙が変わり、2012年の誌面を見ると連載記事も特集記事も20世紀と比べると多くなり、ページ数も増しています。
現代の天文ガイドは、2018年9月からの新しい体裁ですが、ページ数は変わらず落ち着いた誌面作りになっているような印象を受けます。
■ 基本スペック比較
あくまでもサンプリングした号での話ですが、それほど毎号上下するとも思えないページ数などの基本スペックの変遷を調べてみました。
・【ページ数】
例えば機材のテスト記事では、1984年11月号にはビクセンの15cm反射とフローライト10cm屈折の鏡筒をテストしていて、鏡面精度や各色のMTFや周辺光量のデータが3ページほどの中に詰まっています。
翻って2020年4月号には、同じ執筆者によるCanon EOSのテスト記事があり、こちらは実にカラーで6頁が割かれています。記事には作例とその写真の局所拡大図が多いですが、分光特性などを調べたデータも掲載されていて、内容の質が下がっているとは言いにくい内容となっています。
上に挙げたのは一例ですが、他の記事をパラパラと眺めても、総じて記事の質が下がったとは言えないように思われます。天文学系の記事も、各方面の先生方が丁寧に記事を書いておられます。
・【広告…は!?】
記事が増えて総ページ数が変わらないのに、各記事のページ数が変わらないとはこれいかに?というわけです。実際には、観測ガイドなどのページもあるので厳密な比較は面倒なのですが、忘れてはならないものに「広告のページ数」があるわけです。
早速調べてみました。
正味広告頁数:43頁(1974) → 79頁(1985) → 25頁(2012) → 29頁(2020)
誠文堂新光社広告: 6頁(1974) → 3頁(1985) → 20頁(2012) → 13頁(2020)
(正味広告に誠文堂新光社広告は含まず)
一目瞭然ですが、雑誌の総ページ数が増えて記事が充実した一方で、21世紀になって広告は減っていたのでありました。1974年当時よりも少ない水準に達していて、ハレーが去ったというだけではない影響が伺えます。
ハレー彗星の頃には、天文ショップの広告も1店舗で何ページもの広告が組まれ、ただの価格表とは違った見どころがあったりもしました。誌面の半分が広告だったのです。また、今も馴染みのメーカーの他にも望遠鏡メーカーや業者は多数あり、御三家や、カメラ、フィルムなどの広告も多く、大変勢いがあった時代だったことが伺えます。
思えば、小学生時代の私に高尚な記事を理解できたはずもなく、誌面というよりは広告を繰り返し読み返してウキウキしていた可能性は大です。
今のようにネットが無い時代には他に情報源はなく、雑誌広告が持つ意味は読者にとっても大きかったよなあ、と、しみじみ思うのでした。
少なくとも、広告の充実度合(?)には今と昔で差があったのは間違いないことです。
■ その他、ゆるーい感想
いろいろと記事を読み返したり、執筆者のお名前を見たり、写真を眺めたりしていると、漠然と思うところはあります。
私は、一概に「昔は良かった」などというつもりは全くなく、良し悪しの話でもないのですが、単純に「違い」として感じるところを書いてみようと思います。
(もちろん、個人的なゆるーい感想にすぎませんし、人によって捉え方は違ってくると思います)
・執筆陣の超ベテラン化
驚いたことに、1974年の当時に執筆していた方が、今なお精力的に執筆しておられます。1985年頃からですと、かなり多くの方が継続的に執筆しておられます。35年と言えば普通の会社なら新人から定年までというくらいの時間スケールです。雑誌自体も創刊から55年を経て、随分な老舗となりました。
35年にもわたって積み重ねた年月はその筆致にも変化をもたらすのは当然のことで、長いご経験から紡ぎ出される文章には味わい深いものを感じたりもします。
一方で、文章から伝わってくるものに、執筆者ご本人が感じられた新鮮さとか驚きとか、そういうものが減ったようにも思います。
ここは、雑誌として洗練された、ということなのかもしれません。
・図が減って写真へ
古い天文ガイドと比較すると、グラフやポンチ絵やまとめ表の類が減り、写真が増えたなあという印象はあります。テスト記事でも、作例写真と四隅の拡大とか、ソフトのダイアログのキャプチャ画像みたいなのが増えた感じはあります(勿論、比較/説明のために撮られたきちんとしたものが殆どです)。
ただ、パラパラめくると、間違い探しの図やソフトの取説を見ているような錯覚に陥ることもあるのが、個人的にはちょっと残念に感じたりもします。
・記事の「マニュアル化」
天体撮影法にしても、画像処理にしても、機材にしても、「やり方」を示す記事が増えたなあ、という印象です。雑誌記事としてはその方が正しく、全員が未熟だった数十年前からは変わってきたとは思うのですが、個人的にはワクワク感を薄く感じてしまうところではあります。
具体的には、例えば1984年6月号を見てみますと、「やってみました都会でスターウォッチング」「見えないハレーによる掩蔽観測」「特製赤道儀を作ってみました」など、"やってみました報告"が多いのに対し、2019年には連載ながら「撮影入門」「天体画像処理」など、やり方を伝達する内容が増えています。
なんとなく、昔は入門本に任せられていた領域が、誌面の充実に伴って記事に登場するようになったのかな、という印象でもあります。天体写真の画像処理について、いわゆる定番入門本のようなものが現れていないのも背景にあるのかもしれません。
・チャレンジ紹介的な記事の減少
古い天文ガイド誌に見られた、一体どこから情報を集めてくるのかと思うような前衛的な取り組みの紹介を、最近見ることがなくなって個人的には残念に思います。
1980年代の天文ガイドをランダムにめくると、どの号からもかなりの確率でそうした記事に出会うのですが(「私の愛機」以外でも)、手元にある2019・20の天文ガイド7冊からは1つ2つしかそうした記事は見られません。
右の写真は1983年のものですが、この時代にして実に「オートガイダー付きドブソニアン」の構想などが紹介されていたりと、詳細記事は無いにせよ今見てもなかなか前衛的です。
そういう意味では、かつてあった臨時増刊号のテキサス・スターパーティの様子などもチャレンジャー達の取り組み成果の風景を眺めているだけで楽しいものがありました。
----
どうやら、私が感じていた「読むところがなくなった」という感想は、少なくとも記事の質や量の低下が原因ではなかったようです。ただし、執筆陣のベテラン化や記事のマニュアル化など、良し悪しとは違う質の"変化"はあったかもなあ、という印象です。
当然、私自身も変化している中で、私個人の趣向とは必ずしも一致しない部分が増えていたようです。
天文ガイド誌も老舗となり、オーソリティとしての立ち位置での記事が増えているのかもしれません。ここは読者層の求めるものが変化しているのかもしれず、一概に良し悪しを言えるものではありません。
一方で、広告の減少など、日本の天文趣味の世界がシュリンクしているかもしれないというデータを見ると、何がしかのムーブメントは要るのかもしれないな、とは考えさせられます。それが天文雑誌の役割かというとそれは分かりませんが、世界の天体望遠鏡市場は成長している中で日本だけが取り残されているのには、すこし寂しさはあります。
私自身はあまり日本にこだわりは無いとはいえ、どうせだったら近くで盛り上がれる方がいいよなあ、と思うのでありました。
私自身が初めて買った天文雑誌はこの天文ガイド誌で、小学2年の頃から随分お世話になりました。その当時は、それこそ繰り返しボロボロになるまで誌面を読み返し、次の発売日が待ち遠しかったものです(ほとんどは広告を眺めていただけの気もしますが)。
それが、今になって同誌を買っても、パラパラと斜め読みしてキレイなままの雑誌は本棚行きという状況だったりするのです。
これは果たして、雑誌の内容が変化したのか、それとも私自身の感性が変化したのか、気にかかるところです。そういうわけで、当時の天文ガイドを再入手した上で比較してみたのでありました。
また、同様の現象は極東の島国だけで起きる問題なのかどうかも気にかかるわけです。そこで、西の雄、米国 「Sky&Telescope」誌も取り寄せて比較してみました(ほかにも洋雑誌はいくつかありますが、あくまでも事例として、です)。
最後に、現在の日本のもう一方の雄「星ナビ」誌との比較もしつつゆるーい感想を書き綴れればと思いますが、長くなりますので、今回は「天文ガイド」編です。
歴代天文ガイドとかつてあった臨時増刊号の例 (ハレー彗星に前後して、天文界隈は賑わっていました) |
日本ではもっとも老舗の天文雑誌となる天文ガイドは、発行している誠文堂新光社による2018年6月時点の資料によれば、発行部数8万部(※)とのことです。読者層は40代男性が中心で、10代にも需要があるものの20代やシニア層は極端に少ないようで、また、読者としては関東に多い傾向があるようです。
※こちらの資料を見ると、8万部の発行部数は2008年度の集計値と同一になっています。
・【変遷の概略】創刊(1965年)~1974年~1985年~2012年~2020年
天文ガイド誌の創刊は1965年7月創刊ですが、残念ながら入手はかないませんでした。リンク先で紹介されている当時の誌面はとてもシンプルなものだったようです。表紙の体裁は毎年変わっていたようですが、1970年頃から2003年10月まで長らく続く形が出来上がったようです。
古いのを集めてしまいました.. |
現代の天文ガイドは、2018年9月からの新しい体裁ですが、ページ数は変わらず落ち着いた誌面作りになっているような印象を受けます。
■ 基本スペック比較
あくまでもサンプリングした号での話ですが、それほど毎号上下するとも思えないページ数などの基本スペックの変遷を調べてみました。
・【価格】
100円(1965) → 240円(1974) → 420円(1985) → 780円(2012) → 890円(2020)
60頁(1965,目次から推定) → 104頁(1974) → 162頁(1985) → 176頁(2012) → 160頁(2020)
(広告を含む総ページ数です)
(広告を含む総ページ数です)
・【トピック記事*】
4本(1965) → 6本(1974) → 4本(1985) → 4本(2012) → 5本(2020)
4本(1965) → 6本(1974) → 4本(1985) → 4本(2012) → 5本(2020)
*毎号載る記事(観測ガイド、たより、ニュース、連載記事、私の愛機など)やイベント告知などを除いた主な記事
・【連載記事**】
・【連載記事**】
0本(1965) → 3本(1974) → 8本(1985) → 13本(2012) → 15本(2020)
**毎号継続的に載る記事のうち、観測ガイド、たより、ニュース、読者の天体写真などは除いたもの。
基本的に、ハレー彗星の頃から総ページ数は横ばいで、記事数の観点では充実度が増しているという比較結果になっています。特に連載記事本数の増え方には目を見張るものがあります。
価格は創刊から9倍近くに達し、物価上昇よりもやや顕著です。
※ページ数等のサンプリングは、1974年7月号、1985年7月号、2012年4月号、2020年4月号にて行いました。手作業で数えていますので、数え間違いはあるかもしれません。なお、創刊号についてはネット上にある目次情報などからの推定値です。
■ 何が…変わったのか?
・【記事の質は…?】
35年前の1985年との比較では、ページの総数はあまり変わっていません。しかしながら、記事の総数は増えており、特に連載記事の占める割合は増えています。しかしながら、1記事あたりのページ数は減っていないのが不思議なところです(記事の性質にってページ数は前後しますが)。例えば機材のテスト記事では、1984年11月号にはビクセンの15cm反射とフローライト10cm屈折の鏡筒をテストしていて、鏡面精度や各色のMTFや周辺光量のデータが3ページほどの中に詰まっています。
翻って2020年4月号には、同じ執筆者によるCanon EOSのテスト記事があり、こちらは実にカラーで6頁が割かれています。記事には作例とその写真の局所拡大図が多いですが、分光特性などを調べたデータも掲載されていて、内容の質が下がっているとは言いにくい内容となっています。
上に挙げたのは一例ですが、他の記事をパラパラと眺めても、総じて記事の質が下がったとは言えないように思われます。天文学系の記事も、各方面の先生方が丁寧に記事を書いておられます。
・【広告…は!?】
記事が増えて総ページ数が変わらないのに、各記事のページ数が変わらないとはこれいかに?というわけです。実際には、観測ガイドなどのページもあるので厳密な比較は面倒なのですが、忘れてはならないものに「広告のページ数」があるわけです。
早速調べてみました。
正味広告頁数:43頁(1974) → 79頁(1985) → 25頁(2012) → 29頁(2020)
誠文堂新光社広告: 6頁(1974) → 3頁(1985) → 20頁(2012) → 13頁(2020)
(正味広告に誠文堂新光社広告は含まず)
こうした広告も、貴重な情報源でした |
ハレー彗星の頃には、天文ショップの広告も1店舗で何ページもの広告が組まれ、ただの価格表とは違った見どころがあったりもしました。誌面の半分が広告だったのです。また、今も馴染みのメーカーの他にも望遠鏡メーカーや業者は多数あり、御三家や、カメラ、フィルムなどの広告も多く、大変勢いがあった時代だったことが伺えます。
思えば、小学生時代の私に高尚な記事を理解できたはずもなく、誌面というよりは広告を繰り返し読み返してウキウキしていた可能性は大です。
今のようにネットが無い時代には他に情報源はなく、雑誌広告が持つ意味は読者にとっても大きかったよなあ、と、しみじみ思うのでした。
少なくとも、広告の充実度合(?)には今と昔で差があったのは間違いないことです。
■ その他、ゆるーい感想
いろいろと記事を読み返したり、執筆者のお名前を見たり、写真を眺めたりしていると、漠然と思うところはあります。
私は、一概に「昔は良かった」などというつもりは全くなく、良し悪しの話でもないのですが、単純に「違い」として感じるところを書いてみようと思います。
(もちろん、個人的なゆるーい感想にすぎませんし、人によって捉え方は違ってくると思います)
・執筆陣の超ベテラン化
驚いたことに、1974年の当時に執筆していた方が、今なお精力的に執筆しておられます。1985年頃からですと、かなり多くの方が継続的に執筆しておられます。35年と言えば普通の会社なら新人から定年までというくらいの時間スケールです。雑誌自体も創刊から55年を経て、随分な老舗となりました。
35年にもわたって積み重ねた年月はその筆致にも変化をもたらすのは当然のことで、長いご経験から紡ぎ出される文章には味わい深いものを感じたりもします。
一方で、文章から伝わってくるものに、執筆者ご本人が感じられた新鮮さとか驚きとか、そういうものが減ったようにも思います。
ここは、雑誌として洗練された、ということなのかもしれません。
・図が減って写真へ
古い天文ガイドと比較すると、グラフやポンチ絵やまとめ表の類が減り、写真が増えたなあという印象はあります。テスト記事でも、作例写真と四隅の拡大とか、ソフトのダイアログのキャプチャ画像みたいなのが増えた感じはあります(勿論、比較/説明のために撮られたきちんとしたものが殆どです)。
ただ、パラパラめくると、間違い探しの図やソフトの取説を見ているような錯覚に陥ることもあるのが、個人的にはちょっと残念に感じたりもします。
・記事の「マニュアル化」
天体撮影法にしても、画像処理にしても、機材にしても、「やり方」を示す記事が増えたなあ、という印象です。雑誌記事としてはその方が正しく、全員が未熟だった数十年前からは変わってきたとは思うのですが、個人的にはワクワク感を薄く感じてしまうところではあります。
具体的には、例えば1984年6月号を見てみますと、「やってみました都会でスターウォッチング」「見えないハレーによる掩蔽観測」「特製赤道儀を作ってみました」など、"やってみました報告"が多いのに対し、2019年には連載ながら「撮影入門」「天体画像処理」など、やり方を伝達する内容が増えています。
なんとなく、昔は入門本に任せられていた領域が、誌面の充実に伴って記事に登場するようになったのかな、という印象でもあります。天体写真の画像処理について、いわゆる定番入門本のようなものが現れていないのも背景にあるのかもしれません。
・チャレンジ紹介的な記事の減少
古い天文ガイド誌に見られた、一体どこから情報を集めてくるのかと思うような前衛的な取り組みの紹介を、最近見ることがなくなって個人的には残念に思います。
前衛的なアイデア紹介の例 (天文ガイド1983年6月号より) |
右の写真は1983年のものですが、この時代にして実に「オートガイダー付きドブソニアン」の構想などが紹介されていたりと、詳細記事は無いにせよ今見てもなかなか前衛的です。
そういう意味では、かつてあった臨時増刊号のテキサス・スターパーティの様子などもチャレンジャー達の取り組み成果の風景を眺めているだけで楽しいものがありました。
----
どうやら、私が感じていた「読むところがなくなった」という感想は、少なくとも記事の質や量の低下が原因ではなかったようです。ただし、執筆陣のベテラン化や記事のマニュアル化など、良し悪しとは違う質の"変化"はあったかもなあ、という印象です。
当然、私自身も変化している中で、私個人の趣向とは必ずしも一致しない部分が増えていたようです。
天文ガイド誌も老舗となり、オーソリティとしての立ち位置での記事が増えているのかもしれません。ここは読者層の求めるものが変化しているのかもしれず、一概に良し悪しを言えるものではありません。
一方で、広告の減少など、日本の天文趣味の世界がシュリンクしているかもしれないというデータを見ると、何がしかのムーブメントは要るのかもしれないな、とは考えさせられます。それが天文雑誌の役割かというとそれは分かりませんが、世界の天体望遠鏡市場は成長している中で日本だけが取り残されているのには、すこし寂しさはあります。
私自身はあまり日本にこだわりは無いとはいえ、どうせだったら近くで盛り上がれる方がいいよなあ、と思うのでありました。
コメント
自分が天文雑誌を買いだしたのは1972年1月号の天文ガイドからで、表紙の写真がオリオン座の三ッ星を中心とした写真でした。なぜ記憶しているかというと、それこそ「擦り切れる」ほど読んだからです。中学1年の冬のことで、その年にはジャコビニ流星群、明けてコホーテク彗星が発見されるなど、印象深いころです。その後友人から貸してもらったり、図書館等で古いものを読んだりしましたが、まだ入門書の体を残している編集だったと思います。これは編集者である勝野さんの方針だったと思います。その後高槻さんが編集されたころは、天体観測の趣味をエンターテインメントに捉えるような方針だったように記憶しています(あくまでも個人の感想です)。ちょうど自分が一番熱心だったころでバブル期と重なります。その後は惰性で続けるようになり雑誌を買わなくなったこともあり、編集方針の変遷については言及できませんが、たまに立ち読みするとずいぶん小難しい(笑)ことが書いてあるなあという印象です。これは単に頭が固くなっただけかもしれません。年齢層が偏っているのも、インターネットの普及が影響しているのでしょう。機材が安価に提供されるようになり、社会人になってからこの趣味に参戦される方が天文雑誌の購入層に当たるのかと想像しています。「シニア層が少ない」というのは、古くから続けている人たちは自分の興味のある分野について、ネットの情報を頼っているからでしょう。こうやってlambdaさんが系統だって解説されると、自分の感じた印象も案外的外れではないと考えます。ZOOM会議でOSPの写真を見せていただきましたが、アメリカの人たちは星を見る行為をエンターテインメントにしていて、それが昔から変わらないスタイルだという印象です。気象条件などもあるでしょうが、こうやって楽しむことから本格的な「観測」に移行する人が出てくるのではないでしょうか?今から50年くらい前の日本では興味を持つ年齢層が低く、機材も高価なため「今所有できる機材で何ができるか」という方面に特化されたこと思います。諸先輩方が「興味を持つ=観測」という方向性を示したことも多聞に影響しているかも知れません。先に書いたように今は機材が安価に提供され、その恩恵にあずかり皆さん楽しんでいらっしゃいます。古を記憶している身としては、ありがたい時代になったものだと思います。
(文才がないのでまとまりのない文面になってしまいました。スミマセン。)
昨日はお疲れさまでした。こちらこそ、引き続きよろしくお願いいたします。
さて、「天文趣味」の捉え方は様々ですから、雑誌が網羅するのはなかなか難しいところがあるのでしょうね。
「観測」の人、「撮影」の人、「観望」の人、「工作」の人、「計算」の人、「理論」の人、、、と、他にもありますね。とても多面的な要素を持った趣味なんだと思います。
これに対する編集方針も一様でよいかというと、そうでもないのかもしれません。
(勝野源太郎氏、お懐かしいです。編集長をされていた時、なぜか直接お会いしてお話を伺う機会も持てました。)
OSPの写真などを眺めていると、空を見ること自体、機材を考えたり作ること自体、様々な方法で楽しんでいる様子がいいですね。いろいろ欠点をあげつらうのは簡単ですが、それに目をつぶってでも楽しいことに目を向けるのも、解決に向けてあれこれ考えるのも楽しいことです。
本当に昨今は、様々な機材を安価に手に入れたり、思ったことを容易にできるような時代になってきました。
折角ですから、そういう環境を楽しんでおきたいと思うばかりです。
その後、しばらくすると徐々に物足りなく感じるようになってしまうのですが、それでも雑誌は大好きで毎月欠かさず買うようにしていますし、溜まってくるとザーッと読み返すのに便利だったりします。紙媒体は検索できなかったりは不利なところなのですが、このザーッと読み返すのも、色々知識が整理されたり昔のことを思い出したりで、短時間で広く把握するのに役立ちます。書き込んだり、付箋を貼ったり、なんだかんだ言って紙媒体はいまだに便利だと思っています。
広告なんかも、長期間にわたる傾向を見ていると、これはもう立派な電子媒体に負けないような資料になるかと思います。昔のことを知るのは当時の雑誌を見るのが今のところ一番です。
こうやって考えると、雑誌は少なくともある一定層には確実に役に立っていて、それは昔から今に至ってもあまり変わらない重要な役割なのかと思います。逆に人は成長していくのかなと。いろんな層の人がいるので、多くの人に対応していくような出版社の努力も大変なものかと思います。
自分の好きな趣味の分野に雑誌が無いというのは、想像すると寂しいものです。天文雑誌も多分にもれず縮小傾向にありますが、出版社にはできれば長く頑張って欲しいと思います。
私は、現時点では紙媒体には相当の意味があると思っています。
特に過去のものについては、電子媒体では「いつ読めなくなって散逸してしまうか分からない」リスクがかなりあって、そこにも紙媒体の意義があると思うところで、だからこそ私も古い天文ガイドを買い漁ってしまったのでした。
その一方で、紙媒体の天文雑誌は衰退一直線のようで、なんとか活路を見出して欲しいと願わざるを得ません。
例えばS&T誌は、2000年の13.2万部から、2019年には5.5万部まで発行部数が減っているとのことです。しかしこの西側勢の「勢い」は本当に減っているのかどうか、ちょっと興味を持って眺めています。
私には、紙媒体の発行部数とは裏腹に、S&T誌編集部のアクティビティ自体は衰えているようには見えないのです。
・・・と、いうところにも焦点を当てながら、東西比較を行ってみようと思った次第です。
私自身は、出版社に頑張って欲しいポイントは単なる継続ではないかな、などとも思い始めたところです。
中学生の頃、地人書館の「天文と気象」を毎月買ってました(正確には母から買ってもらってました)が、しばらくして「天文ガイド」が創刊されその洗練された雑誌の作りと広告の多さから、いつの間にか「天文ガイド」の方に移っていきましたね。やっぱり広告の力って凄いです。欲しいもの満載の商品カタログのようなもので毎日見ては妄想を膨らませていました。さらに高校時代、兄が毎月買ってくるSky&Telescopeの広告に目を奪われました。日本とは発想の違う商品のオンパレード。さすがアメリカは違うなーと。。
時が経ち、車に狂った時は「Car and Driver」。DOS/V機に狂った時は「DOS/Vマガジン」と変遷していきました。
ただ歳を取った今は殆ど本・雑誌は買いませんね。今のようにネットのフリーマーケットなど無い時代、諸事情により泣く泣く書籍を何度も捨てた事を考えるともう買う気にはなりません。図書館で借りて必要な個所はメモしたりコピーしてます。電子書籍は便利ですが中古の観念が無いので高い。どうしても欲しい本はAMAZONの中古本で十分だと思ってます。何だか年寄りが話しの腰を折るようなことを言っちゃいました。済みません。
天文ガイドに掲載されていた広告は、今眺めても興味深いです。恐らく現代の天文ガイドの広告もまた、後から眺めても楽しいものなのかもしれません。
S&T誌の広告は、日本ではあまり見かけないようなのが掲載されていて、これまた面白いです。いま、まさに改めて眺めてしまっております。
私も興味の対象をいくつか移しながら、また星見の趣味に舞い戻りましたが、その間の度重なる引越しもあって、失ってしまったものも少なくありません。
あまり増やさないように気をつけてはいるのですが、、、ついつい手元に置きたくなって買ってしまっている日々デス^_^;;