湿気と望遠鏡 - 秋冬こそがケアの好シーズン

夏が過ぎ、冬が近づくこれからの涼しいシーズンこそがカビ・湿気対策の正念場、というお話です。湿気や結露という現象はそう単純でもなくて、「温度や湿度の高低だけ」で考えていると間違えてしまうので注意が必要です。

 「エッ、温度は高い方がいいんじゃないの?」「湿度が低ければ乾燥してるんじゃないの」「違うの?」と思われた方は要チェックかもしれません。
 真夏に天日干し・虫干しして乾かしたはずの鏡筒が、冷えてくる秋冬シーズンに人知れず結露している可能性もあります。
 温度と湿度と乾燥の関係はやや複雑で、人間の感覚とは一致しないのが注意のポイントです。「暑い夏には服がよく乾く」けど「冬は乾燥しやすい」、一体どっちなんだ?ということです。

パーツボックスの中にも、冷たい空気を通気しておきたいところです

 そこで今回は、大事な望遠鏡を守る上で私が個人的に気にしているポイントを、文字に起こしてみました。
※下記は個人的に自分に対しての戒めを記した備忘録であって、決して何かを保証するものではありません。また、何かの信仰を否定するものでも、誰かの行動を強制するものでもありません。

■ 天日干しには危険が伴う
 光学系にとって夏の天日干しは実は危険が伴う行為だったりもします。暑い日の天日干しは特殊目的のために細心の注意の元で行う高難易度なメンテナンスと心得るべきで、決して安易に行うべきものではありません。稼働率が高い機材であれば問題は少ないですが、特に長期保管する機材では要注意です。

 オークションなどでたまにみかける「内側がカビカビ」「内側が結露する」ような光学系も、良かれと思ってやった天日干しが原因のものがあるのではないかと推察しています。(※天日干しをしていた場合には、この秋冬シーズンのケアがとても重要となります。) 

 そういうわけで、私は基本的には夏の天日干しはやりません。
 天日干しはやむを得ない場合だけの非常手段として、細心のケアの元で行います。

 暑い日の天日干しは、想像とは裏腹に干した後のキャップの内側や鏡筒内部は常時結露しっぱなしになり、光学系にとっては好ましくない作用が大きいからです。暑い日は、どんなに湿度が低くても空気中には大量の水分が溶け出していて、この水分が機材のあらゆる隙間に活発な分子運動で入り込んでくるのがその作用の理由です。 
気温と水分量の関係
 

 例えば真夏の35℃気温であれば、20℃の2倍以上、10℃の4倍以上の水分が空気中に溶け込んでいます。高温下ではこの水分の多い気体が機材の隅々まで浸透するわけです。このため、例えばこの35℃の日に天日干しをやってそのまま保管してしまうと、たとえその時の湿度が50%と比較的乾燥していたとしても、年間を通じて20℃以下の日には常時結露状態となって悲劇を招いてしまうのです。
 液体の水は光学系にとっては禁忌です。カビを繁殖させるだけでなく、さまざまな物質を溶かす溶媒となってコーティングなどを侵し、機械部品を腐食させるからです。そして、天日干しはその液体の水を光学機器の内部に生じさせる原因になりかねいので、細心の注意と特別なケアが要るのです。

 「紫外線がカビに有効」という観点もあるのですが、干しイモや干物の表面とは違って光学系内部に太陽の直射光は入れないのが普通だとは思います。つまり大事なレンズや鏡は鏡筒の中で日陰干しにしかならないのですから、紫外線には殆ど期待できません。

■ 天日干しを行う場面とその後のケア
 天日干しを必要とする特殊なケースとは、「(主に内部に)結露を生じている場合」です。高い温度が効くのは「液体の水を蒸発させる」場面で、この目的のためには天日干しが効きます。暑い日にやる場合には少なくとも湿度測定を行い、十分(目安として50%以下)乾燥した日に行うことになります。

 現実的には日本の夏では50%以下の湿度の日は稀ですから、私は天日干しの必要に迫られた場合には秋冬の日に当てたり、エアコンで温度を上げて乾燥させることはあります。エアコンですと容易に低湿度が得られる上、室温まで冷やす過程で結露を生じる可能性が原理的に大変低くなります(内部に入り込んでしまった結露の場合は一筋縄ではないですが)。
 やむを得ず夏場の湿度が高い状況での天日干しが必要になった場合には、ケアを慎重かつ入念に行います。

 干したあとのケアが大切なのは上述の通りです。「蒸発させる」ことと「乾燥状態を維持する」のは全く逆の話なので、乾燥維持のためのケアが肝なのです。
 必要なケアは、「干した後に冷たい空気を内部に通すこと」です。干した直後にキャップを閉めたり箱にしまったりして密閉してはいけません。天日干しした後であれば冷房のよく効いた部屋に持ち込み、ここでキャップ類を外して冷気を通風した上で乾燥剤と共に密閉します。

 兎に角、生暖かい空気を鏡筒内や光学系の内部から追放しておくということが肝要です。生暖かい空気をそのまま冷やすと、含まれていた水分が凝集して液体化してしまい、取り除くのが困難になるからです。

■ 冷気を通風した後に保管する
 夏場に天日干しを行った場合もそうでない場合も、涼しい(または寒い)季節に通風してから保管することが乾燥を保つ上では大変重要です。とくに長期保管を意識する場合には必要なことです。

 密閉直前の空気がどういう温度だったか、ということがとても大切です。たとえば観測が終わった直後と保管状態(部屋の中)とを比較して、冷たい方の空気を密閉します。
 多くの場合は観測時のほうが冷たいですから、部屋に仕舞う前に望遠鏡のフタやレンズのキャップを閉め、生暖かい部屋の空気を機材の中に入れないように注意します。結露している場合も、機材の温度が部屋の温度にあらかた馴染むまでは密閉しておいたほうがよいです。
 夏の観測で冷房の効いた部屋に仕舞うような場合には、部屋の空気を入れてからキャップをします。

 特にカビが繁殖しやすいとされる80%以上の湿度、温度20℃以上という条件を考えると、少なくとも20℃以下の空気に曝しておきたいところです。こうしておけば、乾燥剤との併用でカビを防げる可能性が高まると考えられます。そうした観点で、涼しい季節がケアのし易い季節と言えるわけです。ぜひ、本格的に寒くなる前の通気をしておきたいところです。

 長期の保管では乾燥剤の力を借りることにはなるのですが、夏場が終わればシリカゲルはもう飽和している場合が多いと思われます。涼しくなって結露を生じやすくなるこの時期こそ、シリカゲルの再生もしておきたいところです。

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■ ウンチク
 極めて混同されやすいように思うのですが、「液体を蒸発させる"乾燥"」と「ドライな状態を示す"乾燥"」は似ているようで逆の話であるというところが、この問題の多くの誤解を呼ぶポイントかと思っています。
 温度が高ければ液体を蒸発させやすいわけですが、これは空気自体の水分量(絶対湿度)が増えやすく「ドライな"状態"」からは離れていくというのが、感覚的に理解されにくいところです。

 ・熱い物体は乾きやすいが、温かい空気は湿っている。
 ・冷たい物体は結露を生じるが、冷たい空気は乾いている。

 ということで、温度に応じて水分子がいる場所が空気中なのか物体表面なのかが入れ替わるのです。密閉環境下では、質量保存の法則によって水分子自体が増えたり減ったりはしません。
 書き換えると、機材の乾燥という観点では冷たい物体と温かい空気が悪玉で、冷たい空気と熱い物体は福の神だということです。

 前述の天日干しでは、熱い物体の福の神に目が行きがちですが、同時に鬼門の温かい空気を吸い込み、やがて物体も冷えて悲劇を生むことがあるというわけです。布団を干すのとの決定的な違いは、吸い込んだ悪玉の温かい空気を密閉してしまうことがあるという点です。

 概ね、「乾くか湿るか(液体をどうするか)」ということを考えるときには気温の絶対値ではなく機材と周囲空気の温度差がどうなるかというところに気をつければよく、「保管状態の乾燥」を考える時には相対湿度の値ではなく通風・密閉した時点の気温がどうだったかというところに気をつけることになります。

 このあたりを感覚として持ってしまった自分としては、肌寒さを感じる季節感とともに、夏の猛暑の気温に思いを馳せながら機材の結露が気になって通風したくなるのでした。

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 オークションなどで、内側がカビてしまっていたり結露しているようなものを見かけることがあるわけですが、個人的にはこういうものが少しでも減ったらいいなあと願うのでありました。

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コメント

Unknown さんの投稿…
こんにちは!
勉強になります。
私は昔あった茶箱をヒント鏡筒が収まる木箱を作り、内側にブリキ板を張り、シリカゲルを入れ湿度計を付けて常に50%前後にいるように見張っています。
Lambda さんの投稿…
コメントありがとうございます!

木箱も調湿能力が多少ありますので、よい保管方法ですね。
私もシリカゲルにお世話になっていますが、寒い季節に空気にさらしておくと、いろいろな意味で安心かと思っています。