この2024年の天文ビッグイベントは、紫金山・アトラス大彗星(Tsuchinshan-ATLAS C/2023 A3)でした。肉眼でハッキリと長い尾が見えるのは百武彗星以来でしたし、世間からの認知度も相当なものでした。ごくごく一般的な非天文民の方が「どこで見れますか?」「どうやって?」と気にするようなイベントは、そうそうはない話です。
せっかくその「令和の大彗星」の姿を拝めましたので、記念に備忘録として、この彗星の発見からの顛末や夕方刻々と状況が変わる中の観察・撮影、そして眼に見えてスマホにも写る彗星について、など、いくつか思うところを書き残しておきたいと思います(遅れ馳せながら、記事にしてみました)。
巷では「最も数多くの写真に収められた彗星」という言われ方もしていますが、個人的には、スマホカメラの性能向上によって「眼視観察のような、"天体が見えることの嬉しさ"を一般の方とも共有できた稀有な機会」だったと思っています。
■ 期待を背負った彗星の顛末(備忘録)
このツーチンシャン・アトラス彗星の最初の発見は、南京にある中国紫金山天文台によって 2023.1.9 に為され、その後行方不明となっていたものが 2.22に小惑星探査機のATLASが発見して同一天体と分かったものでした。その軌道を見ると、2024年10月頃の地球からの位置がなかなか良く、期待が大きく膨らみました。
2023年内の予報は最大でマイナス等級、2024.10.20頃の高度が上がってくる頃でも2等級台前半、という正しく大彗星の予報でした。
減光前は余裕の大彗星予報でした 矩形は24mm+APS-Cでの画角 |
私はこの軌道と予報を見て期待を寄せ、観察場所の下見やや機材調達を密かに進めていました。当初予定してヤフオクで落札しておいたのは Nikkor 24mm F2.8 で、それで画角にちょうど収まるくらいの大彗星になる筈、でした。
しかし。世界の大家セカニナ博士が「no chance to survive perihelion.」とする論文を7.8日付で発表し、彗星熱は一気に沈静化に向かったのでした。博士は、ハレー彗星の頃から既に名が知られた御齢88歳にもなる超ベテランで、6月初旬までのデータを爆速でまとめて速報したものでした。
「彗星は騒がれると大成しない」という古くからの言い伝えに対し、世間を沈黙させた威力は絶大でした。我が国の天文台などもイベントを自粛し、あたかも「彗星が無かったかのような」時間進行となりました。
この後、彗星は減光したものの核までは崩壊に至っていないことが9月頃から確認され、近日点通過の 9.27の後数日間の間、明け方の超低空に明るい姿が観察されていたのでした(私のところは早朝に起きても曇天でしたが)。
そして地球からの観測ができない間、太陽観測機SOHOでの画像で増光していることが確認され、10/12、夕空に現れた明るい彗星が地球からも捉えられたのでした。
■彗星✕眼視✕スマホ
軟弱で怠惰な私は、元々は高度が上がる 10/18以降を狙っていました。近日点から離れて光度は落ちますが、近日点や地球接近から離れても当初の予報では2等級の大彗星であり、じっくりと眺められるであろうという目論見でした。7月以降は彗星の減光が確認されていたので、やはり夕焼けが明るい中の超低空となる 10/13, 14は厳しいだろうとみていました。
明るい薄明の中の彗星 16x70双眼鏡コリメート 2024.10.13 17:41JST 1/25sec |
10/13は、日没30分後くらいの段階で16x70双眼鏡でその姿が確認できました。まだ夕焼けが明るく、金星は見えているものの、それ以外の星はなかなか見える状況ではありませんでしたが、双眼鏡ではかなり明るく見えました。なんと、だいぶ旧式のスマホ(Pixel 4a)のスマホコリメートでカシャっと写すという暴挙でも、その姿を捉えられました。
旧式スマホ手持ち撮影 2024.10.13 17:58JST 1/7.5sec |
その後、空が暗くなっていくのに従って肉眼でもその尾と共に雄大な姿が見え始め、やはりそれはスマホでも写ったのでした。
SNSでの投稿をみると、こんな淡い写真ではなく、立派な彗星写真が「カシャっと」撮られていることには、本当に驚きます。また、全く天文にご興味が無かったような方からも、ボンヤリと写った写真の中に彗星の「淡い」姿を見つけて喜ばれているのを見て、天体の眼視観望での「見えた!」という喜びと同じものを共有できた気がしたのでした。
夕焼けの中に肉眼で見える彗星の尾は、天文ファンとしては感動的でした。前方散乱の影響なのか、やや赤みを帯びて見えたというところも、印象に残りました。
7x42双眼鏡+手持ちコリメート 2024.10.13 18:14JST 1/7.5sec |
また、ガリレオ式の 1.8倍星座望遠鏡も持参しましたが、日没30分程度では背景が明るすぎて余計に瞳が絞られてしまうためか、薄暮の中の彗星検出には役立ちませんでした。
■機材で時代を感じる固定撮影
今回、撮影に用意した機材は、結局、IMX294搭載の冷却CMOSカメラ SV405CC に、旧いNikkor 50mm F1.4標準レンズ、固定撮影という組み合わせとなりました。撮影そのものは PCに任せておいて、むしろ肉眼と双眼鏡で眺めるほうに集中する作戦です。
自宅で仮組した機材 SV405CC + Nikkor 50mm F1.4 ガイドスコープ脚で支持しています |
時代を感じたポイントは、露光時間です。その昔、ハレー彗星の頃には(いつの時代じゃ)、固定撮影での露光時間の限度は「28mm で 15秒」とかなんとか言われていました。その勢いで「6秒なら行けるっしょ」と思ってそうしたのですが、令和の時代に昭和ハレー彗星世代の常識は通用しませんでした。今はデジタル。かつてのアナログ時代とは要求されているものが一桁違ったのです。
2024.10.20 の遠ざかりつつある彗星 市街地からは、肉眼では難しくなっていました |
計算してみれば当たり前で、6秒というと90秒角は日周運動で動きますから、50mmの焦点距離だとセンサ面では30μm以上動きます。粗い高感度フィルムの時代ならそのくらいは許容できたのでしょうが、今のセンサは3μmとか4μm動けば「流れて」しまうのです。
この令和の時代、進歩したスマホが「カシャっ」と一発で凄い写真を撮るので、機材の進歩を感じないわけにはいきません。旧式スマホの Pixel4aも自動でスタッキングをやってくれる機能があったので、スマホで撮ればよかったじゃんかとすら思うのでした。
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このように、C/2023 A3 Tsuchinshan-ATLAS彗星は、様々な観点で「令和の」と冠してよい「大彗星」ではなかったかと思うのでした。
コメント
「ネットよ今夜もありがとう」でご一緒した(?)、「もりのせいかつ」の k さんですね。
iPhone14での10/20の彗星、まさに眼視でのイメージに近いですね。
普段撮影されてる立派な天体写真も、「こんなとこまで写った」という感覚を求めてるのかもしれませんね。
望遠鏡を覗きたいと思ったときの初心(?)というか、好奇心、大切にしたいと思ってます。