天文雑誌の記事は劣化していなかったが成熟がもたらす変化はあった、という前回の天文ガイド誌の古今比較に加え、今回は西側のサンプルとして Sky&Telescope誌を取り上げつつ、東西比較を行ってみました。
現在(2020.5)のSky&Telescope(以下S&T)のサイトを見ると、天文ニュース記事や写真の紹介などの配信からなる総合サイトとなっており、雑誌の紹介はその一部分と位置付けられています。運営の方向性は、紙媒体雑誌が主体の天文ガイド誌よりは星ナビ誌のアストロアーツ社に近いものがあります。
今回は、入手してみた1955年~現代に至るS&T誌に目を通し、誌面記事のテイストの変遷を辿りました。
※西側の天文誌としては、他に米Astronomy誌や英Astronomy Now誌などがありますが、今回は手が回りませんでした。
■ Sky&Telescope誌
「Sky&Telescope」誌は、1941年11月に The Sky誌と The Telescope誌を合併してハーバード大天文台が発刊した天文雑誌です。The Telescope誌は 1934年の創刊で、The Sky誌は1935年の創刊ですが1929年発刊の4頁誌The Amateur Astronomerにルーツがある、いずれも老舗です。
2020年現在は、米国天文学会がS&T誌のオーナーとなっています(2019年の出版社の破綻のため)。
発行部数は2000年に13万2千部に達していたようですが、その後2011年に7万7千部、2018年には5万5千部に減らしているようです(こちらの記事、およびwikiによる)。
現在は電子版購読が36ドル(約4,000円)、電子購読と印刷版のセットが55ドル(約6,000円)となっています。印刷版セットの国際郵便価格を合わせても90ドル(約9,400円)ということで、日本の天文誌(約12,000円前後)と比較するとお安い設定になっています。
※S&T誌の電子版は、1年購読でも「その月のものが読める」だけでした。購入した期間であっても、過去のものは読めません。
■ 記事内容の変遷(1955~1990年前後~現代)
私が入手できた最も古い1955年の誌面を開いてみると、学術誌のような内容です。学者やアマチュアから投稿・寄稿された論文テイストの記事が掲載されており、記事を飾る図表も「綺麗な写真が撮れました」とか「星空を楽しもう」的なものは皆無で、天文台による写真やアマチュアによる観察スケッチ、手書きのグラフなどが掲載されています。
1954年に起きた火星大接近を特集した号(1955.7)を見ると、天文台の大望遠鏡による1907、1939、1954年の大接近でのそれぞれの火星写真(!)を用いて火星面の模様が変化している様子が示しされています。
また、同年2月号を見ると、日本の佐伯恒夫氏のスケッチに基づく火星の閃光現象についての投稿が掲載されていて、のちにこの観察と投稿活動の功績が称えられて火星クレーターの名前に佐伯氏の名が刻まれるまでになったわけで、当時の研究活動の先端とS&T誌の距離はさほどには離れていなかったものと思われます(余談ですが、佐伯氏による火星の記事は天文ガイド創刊号も飾っています)。
この頃のS&T誌は学術色の濃い科学誌だったと言えますが、広告を見るとそこにはアマチュア向けの小望遠鏡が載っています。当時はUNITRONが日本の五藤光学のような立ち位置だったことが分かります。この時代は3~6インチの望遠鏡の広告が主で、まだ大口径化の波は来ていなかったようです。
ハレー彗星の1986年5月号を見てみると、学術色は方向性が大きく変わり、NASAによる観測成果を専門家が解説するといった記事になっています。また、月ごとの天文カレンダーや、観測/撮影機材に関する記事やなども現れて、読者の天体写真コーナーこそないものの、その構成はほぼ現代の日本の天文誌と同じように変貌しています。この傾向は1995年の誌面を見ても変わりません。
広告もハレー彗星の頃に大変盛んだったのは日本の天文誌と同じで、誌面の半分くらい(かそれ以上?)が広告です。セレストロン、ミードをはじめとするシュミットカセグレンが大変人気を博していたことが分かります。ドブソニアンの広告は1986年にはあまり多くありませんが、1995年くらいにはドブソニアンをはじめとするアメリカンな大口径ニュートンが増えているようです。
しかしながら、1986年から1995年の差を見ると広告出稿の減少は顕著で、ハレーショックが業界に与えた影響は米国でも小さくなかったことが窺えます。
さて、最新号の2020年7月号を見ると、誌面の洗練ぶりと広告の衰退ぶりの相乗効果で、大変スッキリしています。記事も、やはりNASAなどによる研究成果や探索計画を解説する記事と、天文現象や機材の紹介といった構成になっていて、1990年代の構成が成熟したという感があります。また、たまたまかもしれませんが、ヘールボップ彗星とか土星Cリングの観察の歴史とか、過去を振り返る記事が増えているのは何かを暗示しているのかもしれません。
天体写真については日本の読者投稿とは異なりますが、Gallery欄は出現しています(1995年には1頁で1作品だったものが、2頁3作品になっていました)。記事にはCMOSカメラのレビューが撮影者視点で作例と共に掲載されていたりと、天体写真のウェイトが若干ながら上がっている印象です。
■ 日本の天文誌との東西比較(感想)
文化圏や方向性の異なる雑誌の比較ですから、読者層も違いますしどちらが良い悪いという話ではありません。しかし、違う文化圏の物を他方から眺めるとそこには新鮮にも見える部分があるのは事実で、互いにこうした視点に学びを得ればマンネリ化対策の一助になるのかもしれません。そういう観点での比較です。
「日本の天文誌」には、天文ガイド誌のほか星ナビ誌を含みます。
・「今月の天文トピック」の視点
日本の天文誌が「星座」と「天文"現象"解説」視点であるのに対して、S&T誌のそれは「観望者」視点だということに気付きました。ただし、どちらもマニア度に磨きがかけられているようです。
具体的には、S&T誌には「今月の星雲星団ハイライト」みたいな紹介があります。これらは決して「天文現象」ではありませんが、チャレンジしてみる対象が載っているのはなかなか興味深いです。ただ、マニア度が進行しすぎたせいか、示されている「いて座のDSO」が1分角未満の小さなNGC天体だったりとか、「回転銀河」も16等級の"How to find"だったりとかするので、初級・中級者には難易度が高すぎる気はします。その後ろのページで「夏の星雲星団」としてメシエ天体を主体にした望遠鏡での楽しみ方が紹介され、バランスを取っている感触です。
一方の日本の天文誌では、こうしたDSO紹介はあまりされておらず、星座と現象の解説が主体です。こちらもマニア度が高く、「ミラが極大」とか「小惑星ベスタが衝」といった現象がクローズアップされたりしますが、こちらも観望者が楽しめるのかどうかはやや疑問で、大きな現象のない月の執筆者の苦労がしのばれます。
個人的には、S&T誌2020.7月号にあった「夏の星雲星団ハイライト」くらいの難易度で、望遠鏡での楽しみ方の紹介くらいがあってもバチは当たらないんじゃないかとは思います。「何千万光年の遠方で…云々」という解説もロマンがあるのですが、やっぱり望遠鏡で覗いたらどんな感じかという観望者視点は興味あるところですし、機材や楽しみ方が変わってきている現代に昔の入門書とは違う視点での楽しみ方を入れれば、決して毎年同じということにはならないのではないか、とも思うのでした。
・「天体写真」と「眼視」の取り扱い
日本の天文誌は、天文ガイド・星ナビ共に「美しい天体写真」への追及に余念がなく、いずれも「写真趣味雑誌の天文ジャンル版」と見える瞬間すらあります。実質的にデジタル一眼カメラなどは日本製一択の現状で、そのお国柄を示したものかもしれません。
特に天体写真を美しく仕上げるためのテクニックやノイズの取り扱い、光学系の周辺像などに関する記事などでは、日本の天文誌ではテクニック同士の比較や機材の比較も含めて、画像の一部のピクセルを拡大した写真比較がよくみられます。
多くのS&T誌を読んだわけでは無いので断言はできないのですが、この手の「拡大写真比較」はS&Tでは多くはないように思います。また、天体写真初心者向けのハウツー記事もなく、とりあえず「読者を天体写真に誘導せねば」という使命感(?)は感じられません。
かといってS&T誌は思っていたほど眼視に特化していたりすることはなく、そこに誘導する意志も無いようではありますが、「M20を大口径で見ると、現実とは反転した色が微かに見える!」とか書いてあって個人的には興味深く、こうしたアマチュア感想的な記載もなかなか面白いです。
・「機材工夫紹介」
S&T誌がもともと読者投稿によって成り立つ学術誌にルーツがあるからなのか、今なお読者からの投稿を広く募っています(それが掲載されているのかどうかは不明)。このためか、今なお読者投稿による機材の工夫記事などを目にすることがあります。
けっこうローテクに位置付けられるようなプチ改善の紹介(例えばファインダーの上にスコープテックのような照準サイトを載せるとか)があったりして、これはこれで21世紀にみても面白い、と思えるのでした。
この手の投稿は毎月あるわけでは無いでしょうけど、こうしたATM(Amateur Telescope Maker)的なローテク改良が天文趣味の醍醐味の一つのような気はしないでもないところです。
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さて、日米どちらの天文誌にも方向性の違いがあって楽しめるのですが、インターネットが発達して発行部数も大幅に減って雑誌の存在価値が問われている今、どちらもマニア度に磨きをかけている感が無きにしもあらずです。案外、そのヒントは互いの老舗同士の中にもあったりするのではないか、などとも思ったのでありました。
現在(2020.5)のSky&Telescope(以下S&T)のサイトを見ると、天文ニュース記事や写真の紹介などの配信からなる総合サイトとなっており、雑誌の紹介はその一部分と位置付けられています。運営の方向性は、紙媒体雑誌が主体の天文ガイド誌よりは星ナビ誌のアストロアーツ社に近いものがあります。
今回は、入手してみた1955年~現代に至るS&T誌に目を通し、誌面記事のテイストの変遷を辿りました。
※西側の天文誌としては、他に米Astronomy誌や英Astronomy Now誌などがありますが、今回は手が回りませんでした。
天文雑誌の古今と東西 Ske&Telescope 左上から1955.7、1995.6、1986.5、左下1994.10、天文ガイド1994.10、星ナビ2019.11 |
「Sky&Telescope」誌は、1941年11月に The Sky誌と The Telescope誌を合併してハーバード大天文台が発刊した天文雑誌です。The Telescope誌は 1934年の創刊で、The Sky誌は1935年の創刊ですが1929年発刊の4頁誌The Amateur Astronomerにルーツがある、いずれも老舗です。
2020年現在は、米国天文学会がS&T誌のオーナーとなっています(2019年の出版社の破綻のため)。
発行部数は2000年に13万2千部に達していたようですが、その後2011年に7万7千部、2018年には5万5千部に減らしているようです(こちらの記事、およびwikiによる)。
現在は電子版購読が36ドル(約4,000円)、電子購読と印刷版のセットが55ドル(約6,000円)となっています。印刷版セットの国際郵便価格を合わせても90ドル(約9,400円)ということで、日本の天文誌(約12,000円前後)と比較するとお安い設定になっています。
※S&T誌の電子版は、1年購読でも「その月のものが読める」だけでした。購入した期間であっても、過去のものは読めません。
■ 記事内容の変遷(1955~1990年前後~現代)
S&T誌 1955.7月号の火星記事に掲載された写真 実に47年がかりの火星面の変化が示されています |
1954年に起きた火星大接近を特集した号(1955.7)を見ると、天文台の大望遠鏡による1907、1939、1954年の大接近でのそれぞれの火星写真(!)を用いて火星面の模様が変化している様子が示しされています。
佐々木恒夫氏による火星の閃光現象に関する投稿 (S&T誌1955年2月号) |
この頃のS&T誌は学術色の濃い科学誌だったと言えますが、広告を見るとそこにはアマチュア向けの小望遠鏡が載っています。当時はUNITRONが日本の五藤光学のような立ち位置だったことが分かります。この時代は3~6インチの望遠鏡の広告が主で、まだ大口径化の波は来ていなかったようです。
ハレー彗星の頃の広告 TeleVue Renaissanceは カートン SuperNOVAが純正 (S&T誌 1986.5月号より) |
広告もハレー彗星の頃に大変盛んだったのは日本の天文誌と同じで、誌面の半分くらい(かそれ以上?)が広告です。セレストロン、ミードをはじめとするシュミットカセグレンが大変人気を博していたことが分かります。ドブソニアンの広告は1986年にはあまり多くありませんが、1995年くらいにはドブソニアンをはじめとするアメリカンな大口径ニュートンが増えているようです。
しかしながら、1986年から1995年の差を見ると広告出稿の減少は顕著で、ハレーショックが業界に与えた影響は米国でも小さくなかったことが窺えます。
ハレー彗星後に広告は減りましたが 大口径化は進みました (S&T誌 1995.10月号より) |
天体写真については日本の読者投稿とは異なりますが、Gallery欄は出現しています(1995年には1頁で1作品だったものが、2頁3作品になっていました)。記事にはCMOSカメラのレビューが撮影者視点で作例と共に掲載されていたりと、天体写真のウェイトが若干ながら上がっている印象です。
■ 日本の天文誌との東西比較(感想)
文化圏や方向性の異なる雑誌の比較ですから、読者層も違いますしどちらが良い悪いという話ではありません。しかし、違う文化圏の物を他方から眺めるとそこには新鮮にも見える部分があるのは事実で、互いにこうした視点に学びを得ればマンネリ化対策の一助になるのかもしれません。そういう観点での比較です。
「日本の天文誌」には、天文ガイド誌のほか星ナビ誌を含みます。
・「今月の天文トピック」の視点
日本の天文誌が「星座」と「天文"現象"解説」視点であるのに対して、S&T誌のそれは「観望者」視点だということに気付きました。ただし、どちらもマニア度に磨きがかけられているようです。
具体的には、S&T誌には「今月の星雲星団ハイライト」みたいな紹介があります。これらは決して「天文現象」ではありませんが、チャレンジしてみる対象が載っているのはなかなか興味深いです。ただ、マニア度が進行しすぎたせいか、示されている「いて座のDSO」が1分角未満の小さなNGC天体だったりとか、「回転銀河」も16等級の"How to find"だったりとかするので、初級・中級者には難易度が高すぎる気はします。その後ろのページで「夏の星雲星団」としてメシエ天体を主体にした望遠鏡での楽しみ方が紹介され、バランスを取っている感触です。
一方の日本の天文誌では、こうしたDSO紹介はあまりされておらず、星座と現象の解説が主体です。こちらもマニア度が高く、「ミラが極大」とか「小惑星ベスタが衝」といった現象がクローズアップされたりしますが、こちらも観望者が楽しめるのかどうかはやや疑問で、大きな現象のない月の執筆者の苦労がしのばれます。
個人的には、S&T誌2020.7月号にあった「夏の星雲星団ハイライト」くらいの難易度で、望遠鏡での楽しみ方の紹介くらいがあってもバチは当たらないんじゃないかとは思います。「何千万光年の遠方で…云々」という解説もロマンがあるのですが、やっぱり望遠鏡で覗いたらどんな感じかという観望者視点は興味あるところですし、機材や楽しみ方が変わってきている現代に昔の入門書とは違う視点での楽しみ方を入れれば、決して毎年同じということにはならないのではないか、とも思うのでした。
・「天体写真」と「眼視」の取り扱い
日本の天文誌は、天文ガイド・星ナビ共に「美しい天体写真」への追及に余念がなく、いずれも「写真趣味雑誌の天文ジャンル版」と見える瞬間すらあります。実質的にデジタル一眼カメラなどは日本製一択の現状で、そのお国柄を示したものかもしれません。
特に天体写真を美しく仕上げるためのテクニックやノイズの取り扱い、光学系の周辺像などに関する記事などでは、日本の天文誌ではテクニック同士の比較や機材の比較も含めて、画像の一部のピクセルを拡大した写真比較がよくみられます。
多くのS&T誌を読んだわけでは無いので断言はできないのですが、この手の「拡大写真比較」はS&Tでは多くはないように思います。また、天体写真初心者向けのハウツー記事もなく、とりあえず「読者を天体写真に誘導せねば」という使命感(?)は感じられません。
かといってS&T誌は思っていたほど眼視に特化していたりすることはなく、そこに誘導する意志も無いようではありますが、「M20を大口径で見ると、現実とは反転した色が微かに見える!」とか書いてあって個人的には興味深く、こうしたアマチュア感想的な記載もなかなか面白いです。
・「機材工夫紹介」
S&T誌がもともと読者投稿によって成り立つ学術誌にルーツがあるからなのか、今なお読者からの投稿を広く募っています(それが掲載されているのかどうかは不明)。このためか、今なお読者投稿による機材の工夫記事などを目にすることがあります。
工夫工作記事の例 (S&T誌1986.5月号) |
この手の投稿は毎月あるわけでは無いでしょうけど、こうしたATM(Amateur Telescope Maker)的なローテク改良が天文趣味の醍醐味の一つのような気はしないでもないところです。
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さて、日米どちらの天文誌にも方向性の違いがあって楽しめるのですが、インターネットが発達して発行部数も大幅に減って雑誌の存在価値が問われている今、どちらもマニア度に磨きをかけている感が無きにしもあらずです。案外、そのヒントは互いの老舗同士の中にもあったりするのではないか、などとも思ったのでありました。
コメント
(と、今回もグダグダな内容でスミマセン)
佐伯氏が薄いミラーを使われていたというのは、驚きですね。当時はもっと分厚い、1/6とかが推奨されていたというか、分厚い方が偉いみたいな価値観があった気もします(鏡の自重変形を支えるのに苦労していて本末転倒感もありました)。
常識は変化していますね。これからも変化していくと思います。
Renaissance の金ピカ鏡筒、私は所有したことはありませんでしたが、今広告を眺めると周辺のものが全部カートン製で、デパートに置いてあったものと同じで懐かしくなってしまいました(当時のテレビューはカートンで扱っていました)。
さて、写真コンテストは、私は日本の天文誌文化として誇ってよいと思います。編集者の選別眼や、さまざまな議論を生むところも含めて、天文雑誌の見どころの一つだと思います。
私が新旧天文誌を買って眺めてしまうのは、広告と読者の写真コーナーだったりします。
機材やテクニックの変遷も見えるので、とても見応えがあります。
私自身は「自分の好奇心が満たせれば何でもいい」というノンポリの外道ですが、多面的な技術や工夫や好奇心や努力や観測が、学問も趣味も含めた「天文」を進歩させてきた部分はあると思っています。
個人的には、そうした進歩をありがたく享受しつつ、楽しみ方を探っていきたいと思っていますし、天文誌はそこにインスピレーションをくれたらいいなあ、とも思っております。