「スリコール スーパーオルソー」と「トリプレーン」

日本の望遠鏡の高度成長期、'70~'80年代にかけて販売されていた幻の(?)アイピースを入手しました。オールドファッションですが、いずれも短焦点の高倍率アイピースということで、この惑星シーズンの到来とともにテストしてみました。(注: 誰の参考にもなりにくい自己満足記事です

 入手したレアアイテムは、スリービーチ(3B)の「スリコール スーパーオルソー S.OR 4mm」と、「高橋 トリプレーン T.P.6mm」の2本です。後者のTP6mmは普通にヤフオクで入手しましたが、スーパーオルソーの方は滅多に出てこないレアアイテムで、今回はさるお方によるタレコミとご協力によって幸いにもゲットできたというものです。

 今回は折角のレア品でもありますので、多少の薀蓄とともにテスト結果を綴ってみたいと思います。
※トリプレーンについて、この記事以降に新たな気づきがありましたので追記しました(2021.8.14)。

プラネタリーアイピースとスーパーオルソーS.OR 4mm、トリプレーンTP6mm
スリコール S.Or 4mm と トリプレーン T.P.6mm を
名だたるプラネタリーアイピースと比較してみました。

なお、テストは例によって20cm F5反射で行い、テスト直前に恒星を250倍で見ながら光軸を調整して行っています。リファレンスとして TMB SuperMono 4mm/5mm、CZJ 4-O、3B SR 4mm、EIKOW SR 5mm、Meade SR 4mm、PENTAX XO 5、タカハシ TOE3.3mm と見比べながら、土星と木星を見て評価を行っています。採点結果は、なるべく他の高倍率アイピース比較(こちらこちらこちら)のものと合わせるよう努力していますが、同日評価ではない点はご容赦ください。また、あくまでもテスト結果は Lambda個人の主観に基づくポエムですので、その点もご了承ください。

※テストした 2021.7.16の晩は好シーイングに恵まれ、どのアイピースも素晴らしく印象的な木星・土星像を見せてくれました。

■ スリコール(THREEKOR) スーパーオルソー S.OR 4mm

スーパーオルソー発売当時の広告
(天文ガイド1976年6月号)

 このアイピースは、スリービーチ社によって1976年6月号の天文ガイドでの「テスト販売」から1984年4月号まで約8年間広告が出された2群5枚の接眼鏡で、広告に曰く「収差、ゴースト、フレア、平坦性等の最良の補正、最高級アイピース」とされています。最初の広告では「新種硝子採用」「4面フルコーティング」とも書かれ、スペックは「アイポイント2mm」「見掛視界43°」となっています。
 テスト販売価格は4,800円でしたが、雑誌広告では最後までこの価格が貫かれたようです。なお、カタログによればこのS.OR 4mmは型式SL700で、定価は8,000円だったようです。(※カタログはこちらの「レトロ望遠鏡資料館」所蔵のものです。)

スリービーチの広告
(1969年3月号)
 スリービーチ社は、1960年代後半に天文ガイドの広告に「スリービーチ光学製作所」の名で登場し、当初は「ミューラー」シリーズなるフランク三浦みたいな名称の(注1)完成望遠鏡を販売していた会社でした。その後'70年代には望遠鏡自作部品の小売を拡充し、'80年代には自作部品販売がメインになっていきました。この手のメーカーとしてはダウエル(成東商会)より後発で、パノップよりは先に広告が登場した会社です。

 その中でTHREEKOR(スリコール)は比較的高級な製品に冠せられたブランド名で、ほかに高精度ミラーや望遠レンズなどにこのブランド名がつけられています。今回の「スーパーオルソー」もこのブランドを冠して大きな囲み広告での鳴り物入りデビューでした。
 同社の光学製品の品質については必ずしも良い情報ばかりではありませんが、こと3Bのアイピースについては造りや見え方が悪いものにまだ当たったことがありません(6本所有しています)。良い製造会社のものを仕入れていたのかもしれません。

S.ORは高級品でした
 スーパーオルソーを名乗るアイピースは、ネット情報を総合すると3種類はあるようです。スリービーチ(スリコール)ブランドのものが刻印違いで今回のものを入れて2種、そのほかにケンコーブランドで出ていたブランド刻印無しのものが1種あったようです。また、広告の写真は「3B」の刻印となっていますが、そうした刻印のS.ORが市場に出回ったかどうかは定かでありません。

 このS.ORのレンズ構成は冒頭にも書いたとおり2群5枚という他には見られない構成で、アッベオルソのような3枚貼り合わせのレンズが視野レンズに、2枚合わせのレンズがアイレンズに使用されています。空気と触れ合う面は4面ですが、レンズの枚数は5枚と多めで、これが惑星観察にとってはアッベやプローセルと比べて不利になる要素となっています。 

鏡胴の造りはこの時代の一般的な 24.5mmアイピースのものですが、ネジの部分にも艶消しが施されているなど、丁寧な作り込みを感じます。これは他の3Bのアイピースも同じで、SRやHMであっても丁寧に作ってあります。

注1: この「ミューラー」のネーミングは、時計ブランドのフランク・ミュラーやフランク三浦よりも遥かに前に為されていたもので、これらの時計ブランドの名称とは関係はありません。

短評:THREEKOR S.Or 4mm
焦点距離:4mm、見掛視界43°、アイレリーフ2mm
惑星表面: S、切れ味: A++、(フレア:若干あり、周辺像:やや乱れあり)
 近年の名だたるハイエンド惑星観察アイピースに引けをとることはなく、広告負けしていません。大変印象的な木星・土星を堪能させてくれました。 

THREEKOR (3B) S.Or 4mm
THREEKOR S.Or 4mm
 まず焦点距離ですが、CZJ 4-Oや TMB SuperMono 4mm(以下TMB)と比べるとごくわずかながら倍率が高めに感じました。アイレリーフは2mmとスパルタンな仕様ですが、視野中心を見るにあたっては特段困ることはありませんでした。
 見掛視界43°は、CZJやTMBと比べると広く感じますが、視野周辺では収差の影響が見えます。惑星観察では視野中心を使う必要があり、ここは近代的なTOEやXOほどの平坦性はないようです(※像が崩れてしまうほどではありません)。
 フレアは顕著ではありませんが、背景の締まりがCZJ/TMBほどではありません。木星のように明るい対象を視野に入れたときの周囲に見えるフレアは、若干だけS.ORのほうが多いように思えました。また、像の明るさという観点では CZJと同じくらいで、TMBよりは暗く見えます。像への着色は分かりませんでした。

丁寧な作りのS.Orの鏡胴

 問題の像質ですが、まず至ってシャープです。色収差を感じることはもちろんありませんし、土星観察ではカシニの空隙を全周で確認できました(2021の環の傾きで)。カシニの見え方や輪郭のクッキリ感で言うと、CZJに及ばないのは仕方ないとして、TMB/TOE よりもややソフトな感がありますが、XO5mmとほぼ同等で、いわゆる優良な国産オルソと同等かそれ以上でした(試しに谷光学OR 4mm、タカハシOr.4mmとも土星は見比べました)。切れ味はA++としました。
 そして惑星の模様の見え方は素晴らしいです。定評あるペンタックスXO 5mmやTMB SuperMono 4mm/5mm や 3B/EIKOW/Meade SRと比べても全く劣りません。木星表面では、大赤斑の中の濃淡や周囲の細い縞の乱れる様子や、NEBの北にある横長に伸びた黒い斑点の形状やその濃淡が見え、また南極周辺の濃淡のグラデーションもよく見えました。土星では、環と本体の間にあるC環によって本体に落ちる影がややぼやけて見える様子が、カシニの空隙のシャープな切れ目とのコントラストで美しく見えたのでした。
 これらの模様の微細な部分は、いわゆる国産オルソでは頑張って粘っても見えてこないところでしたので、このS.OR 4mmがプラネタリーアイピースとして第一線級の性能を持っていることに疑いはありません。同社の肝煎りアイピースということで、レンズ枚数多めながらも、研磨・製造がちゃんと行われるような製造所に依頼したのだろうなあ、と想像するのでした。

■ 高橋製作所 トリプレーン T.P. 6mm
 トリプレーン式接眼鏡は現代では見なくなってしまいましたが、'70~'80年代にはダウエル、3B、パノップの三社の広告にその名をみつけることができます。「トリプレン」と表記されることもあったようです。

トリプレーン式のレンズ構成
トリプレーン接眼鏡に関する解説
(天文ガイド1976年9月号)
 今回入手したのは名門の高橋製作所製ですが、広告でタカハシのT.P.6mmを見かけたことはありません(カタログにはあったのだろうと思います)。TP 6mmは、先出の三社のほかにミザールからも出ていたようですが、現在のヤフオクではこのタカハシのものしか見たことがありません。価格から見る序列は、ケルナーと同等と見ることができます。

 トリプレーンのレンズ構成はあまり教科書では見掛けませんが、天文ガイド1976年9月号での川村幹夫氏の解説によると、ケーニヒタイプに似た2群3枚構成で、視野レンズの視野側が平面の色消しになっている構成であるようです。アイレリーフを長く取れるのが特長だとしています。
 惑星観察ではレンズ枚数が少ないことが有利に作用することがあり、この点でトリプレーンは期待できるところです。

短評:高橋(TS) T.P. 6mm
焦点距離:6mm、見掛視界43°、アイポイント不明
惑星表面: A+、切れ味: A+、(フレア:少ないがある、周辺像:乱れる)

タカハシ トリプレーン式T.P. 6mm
タカハシ T.P. 6mm
 トリプレーン式は「アイレリーフが長い」という触れ込みでしたが、6mmという焦点距離もあってか、さほどにはアイポイントの高さを感じません。手元にあるケルナー6mm(見掛視界40°)との比較では、ごくわずかだけ視野が広く、わずかだけアイポイントに余裕があるという程度でした。他のOr.6mmなどとの比較でも、大きな違いは感じません。
 覗いてみると、明るい像質にレンズ枚数の少ないことのアドバンテージを感じます。反射望遠鏡のスパイダーの光芒がひときわ明るく見える見え方は、谷光学のK6mmと非常に似た感じです。
 着色のない明るい像は、土星のカシニの空隙をコントラスト良くシャープに見せてくれました。しかし、極めて細かいところの解像が難しいようで、カシニの空隙も手前側の細いところが十分に見えません。木星表面の模様も大部分はコントラスト良く見えているのですが、細かい模様の濃淡や形状は十分に分解できませんでした。
 この見え方は谷光学K6mmやFUJIYAMA HD Orなどと非常に似ていると感じられました。像の分解能力やシャープネスはたしかに十分ではあるのですが、TMB/CZJ、そして先述のS.ORなどと比較するともう一歩という感が否めません。
 また、視野はほかのオルソやケルナーと比べると僅かだけ広めなのですが、視野の端では像はかなり崩れます。この崩れ方もケルナーと大変似ていて、このトリプレーンの見え味はほぼケルナーと考えるべき、と結論づけたのであります。アイポイントが短くなって覗きにくいのが難点とされたケルナーの欠点を補うために、6mmはトリプレーンの構成を取ったものと考えると合点がいきます。

[追記] トリプレーンはアクロマート屈折との相性が良いことが、Skywatcher製の廉価9cm F10 アクロマートに使ってみて分かりました。TMB SuperMono では気になる対物の色収差(青滲み)が、トリプレーンでは上手く消えてスッキリした像を見せてくれていました。対物レンズの設計にも依存するところと思いますが、トリプレーンにはHMなどで言われたような対物レンズとの組み合わせでの色消し効果があるようです。反射望遠鏡で特段色収差が目立つわけでもないのに不思議です。(2021.8.14追記)

___________

 なんだか古スコ談義ブログのようにもなってしまいましたが、現代のアイピースと比較しても十分互角以上の性能のアイピースが半世紀近く前にも販売されていたことには、やはり驚きます。研磨や組立なども、メーカー肝煎りのレンズはやはり違う仕様指示が与えられたのだろうか、とか、あるいは製造所が企画・設計の熱意に応える仕事をしたのだろうか、などと想像するのでありました。

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コメント

望遠野郎 さんのコメント…
こんにちは。

レスポンスが悪くてすいません。この話題にはいち早く
駆けつけるべきの私としたことが・・・・笑

しばらくちょっと別なことを(趣味)をやっていたもので。



スリコールスーパーオルソー 遂に来ましたか!!!!

期待通りの高性能で 溜飲が下がる思いです。

素人考えで、「プローセルの視野側をアポクロマチック化したもの」
もしくは、 「アッベ・オルソの眼側を色消しにしたもの」

なのでコーティングがちゃんとしていれば性能が高いのは当然、と
考えます。

スリービーチ(笑)、とか スペシャルラムスデンて何がスペシャルなの?
そんなの見えるわけない。とか、見もしないで悪く言われてきた親しみのある
メーカーなので嬉しいです。ありがとうございました!

◆ SB幻の最終奥義=THREEKOR S.OR 4mm ◆

(そんな私でさえ、スーパーチビテレを見た瞬間「こんなの見えるわけねぇ~~~」
と思ったことは反省しています。)
Lambda さんの投稿…
望遠野郎さん、コメントありがとうございます!
また、記事もご覧いただけたようでなによりです。

スーパーオルソーはずっと気になっていて、ようやく手に入れることができました。
5枚ものレンズがあるので「ラムスデン」とは対極ですが、若干怪しげな広告とは裏腹に大変良く見えるアイピースでした。

こちらは8年にもわたって広告が打たれていた製品なのに、あんまり現存してないのが残念ですね。3Bは、その品質がいろいろ言われていますが、アイピースはきっと良い製造所に発注されていたのだろうなと想像します。

そして「スーパーチビテレ」は、奇しくも最近Twitterで話題になりました。
のちのファミスコと似たセミアポ的設計で、現代の干渉フィルタと組み合わせると写真鏡に化ける可能性もあるかも、と。 スリービーチ、侮れません。
https://twitter.com/PG1wvzio4yvwFXW/status/1417534026416418820
スークー さんのコメント…
始めまして、神奈川県在住のスークーと申します。
3Bのスーパーオルソ4㎜、私も持ってますが、実に良いですね。
私は、最後の頃のスターショップ(旧誠報社)のバーゲンで転がっていたやつを、たしか1000円くらいで入手しました。
実はキワモノみたいに思ってさして期待していなかったのですが、どうしてどうして。
4㎜ではそれまで常用していたツァイスO-4㎜よりも細かいところが見え、手放せないアイピースとなりました。

そういえばこの4㎜が3B社で発売され始めたころ、5~7㎜くらいのスーパーオルソは出さないのかと、同社に手紙を出して訊ねたことがあります。
そのときの回答は(詳しくは忘れましたが)、6㎜クラスも出したいのであるが、実際ははるかに4㎜の方が売れるので、出すかどうかわからない、といったものでした。
ちょっと昔話で恐縮です。
Lambda さんの投稿…
スークーさん、コメントと貴重な情報、ありがとうございます!

誠報社のバーゲン、私もずいぶん通った時期がありました。たしかに3Bのアイピースなども転がってたことがあったと思いますが、当時は見向きもしなかった自分に恥じ入っております。(スターショップになってからの時代は天文から離れてしまっておりました)

実際に覗いてみての見え方は、かなり驚きですね。
「レンズ枚数が多いので不利だろう」、と思って覗いてみたのですが、いやいやどうして、良く見えます。
3B社のアイピースは侮れません。

そしてS.ORのバリエーションについての質問のやり取りは、大変得難い貴重な情報です。
コメントにあるように、当時は4mmがよく売れたのでしょうね。
4mmじゃないと偉くない、みたいな。
ラインナップが出てもおかしくない内容だったと思いますが、トータルではさほど売れなかったのかもしれません。8年間で新品販売は閉じられてしまいました。

こういう意欲作があった時代が懐かしいです。