かつて「本邦最古の光学専門メーカー」を謳った成東商会。今なお、ほろ苦い(?)想い出、あるいは伝説として語り継がれる「ダウエル (Dauer)」ブランドの接眼鏡を入手しましたので、連休の月夜に試してみました。
時には粗悪品との誹りを受けながらも、今なお伝説が長く語り継がれるダウエルブランドについての若干の蘊蓄を添えつつの評価記事としました。
入手したダウエルブランドの接眼鏡たち |
■ 成東商会「ダウエル望遠鏡」
雑誌天文ガイドの創刊初期の頃から「創業4X年」「本邦最古」との広告を打ち、「光学製品は最も信用ある本社へ御注文が一番安心です」と、論理学的には循環論法(※詭弁です)を駆使した怪しげなフレーズが目を引く「成東商会(せいとうしょうかい*)」は、その後20世紀終盤まで望遠鏡部品販売を行っていた光学機器メーカーでした。同社はドイツ語では「永続」の意味にもなる Dauer を冠して、2013年の事業終了後も語り継がれるブランドとなりました。
成東商会の広告 (天文ガイド1966年7月号より) |
1970年代に入ると、成東商会の全盛期を迎えます。1974年には創業50周年と称して天文ガイド誌への広告出稿が7ページにも及びます。このうち部品の広告は1ページで、多くは完成望遠鏡の広告に割かれていました。ちなみに、創業年や60年代の広告からすると1974年は創業52年目に当たりますが、以降の成東商会の広告ではこの1974年の50周年から起算した年数が記載されることになります。
この成東商会を含むいわゆる「望遠鏡御三家(怪しげ系)」は、安価に自作部品を供給するとともに完成望遠鏡も安めの価格設定で提供していました。20世紀の業界は「口径こそ神」という価値観に支配されており、口径で決まる分解能や極限等級がカタログに記載されるのが常で、いたいけな少年少女にとっては「同じ価格なら少し大口径が買える」というのは大正義でした。この当時の認識は、「メーカーによる差はあるにせよ、口径の壁は超えられない」というのが一般的ではなかったかと思います。机上の空論なカタログ値は罪作りでした。
こうした背景からかダウエルの望遠鏡は、1970年代の天文ガイド誌の「求む」コーナーで毎号のようにリクエストが載り、一定の人気を得ていたことが伺えます。当時の人気・主力機種は15cm F8のLK型、12cm F8.3のLC型反赤だったようです。
その後1980年代にはハレー彗星ブームもあったのにも関わらず広告は減少し、1983年の広告は部品販売の1ページのみとなり、「求む」コーナーにも見つけられなくなります。創業66年を迎えた1988年の広告を見ると依然として「創業五十余年」と書かれており、この頃には既に自社の操業年数すら勘定を放棄している様子が伺えます。その後、1990年に創業者が他界され、2013年に事業の幕を下ろしたようです。
関連する資料・サイトとしては下記のものがあります。
*ダウエルのカタログでふりがなが「セイトウ」と振られています。
**1974年の「50周年」について計算が合わない事に気づき、記事を若干修正しました (2023.5.6)。
■ 広告フレーズ
成東商会の広告には独特なフレーズが踊っていることも特徴の一つでした。当記事の本文中にもいくつか登場していますが、ここではそれ以外のいくつかを紹介したいと思います。
ダウエル節が炸裂する広告 (天文ガイド1980年12月号より) |
・創業50余年の業歴と経験豊富の信用ある本邦最古の専門メーカー。
・この道50年の誠実と信頼できる天体望遠鏡のキャリヤで卸値提供です!
・光学製品は、親、子、孫三代で買求められた最も信用ある本社への御注文が一番安全です。
・躍進するダウエル光学の素晴らしい製品。
・「優良品だ」と益々好評です。良心的製品ですから安心です!
・堅牢丈夫!高級赤道儀は素晴らしい製品です。
・改造された赤道儀の操作が素晴らしい製品です。
・当社の製品は永久保証付きですから安心して使用されます。
・注文殺到!
・"爆発的素晴らしい人気"です!
・卸値段で提供 品質優良で大好評です!
・品質優良で大好評!話題を呼んでいる素晴らしい望遠鏡です!!
・類似品あり、当社の製品は絶対安心して求められます
などなど、安心を強調しながら不安を抱かせるスタイルなのが愛嬌で、望遠鏡を注文するのに安全とかあるのかとツッコミたくなるフレーズです。子供心には「いわゆるツウの人がこういうのを買って自作するのだろう」と思っていました。それにしても、自社製品なのにいきなり改造された赤道儀を販売するというのもなかなかです。何十年も大好評だった割には現存する個体が少ないのも愛嬌です。
■ 天文誌での評価
製品そのものについては、巷での良い評価を全くと言ってよいほど聞きません。しかし現在活躍されておられる方の中には、ダウエル名物によって鍛えられたという方(こちらやこちら)もおられ、同社が有能な人材を選別し、科学・工学の道へいざなった面は否定できません。
至高の迷機グランプリ (2009年版 望遠鏡・双眼鏡カタログ , 地人書館) |
ダウエルの接眼鏡のテストを終えた今だからこそ言えることですが、「書いてあることはほぼ事実だろう」と思います。これを極悪と捉えるか、試練と捉えるか、天恵と捉えるかは主観です。
この記事中には「同社のOr5mmを使用すると」とのくだりが「ピンボケ状態」との記述に繋がりますが、果たしてこれがアイピースのせいなのか、主鏡のせいなのかは記事からは判別できません。ここは、ぜひ当記事の後段をご覧いただきたいところです。(※この段落は、2023.5.8に同書を入手した上で付記しています。)
広告の出稿先であった天文ガイド誌でも、1968年12月号に東京天文台の冨田氏がダウエル望遠鏡のテスト記事を出しています。対象は9cm反射経緯台ですが、その主鏡については「星像が感心しません」「土星環もなにか他の星と違う形をしていることが分かるだけ」ということで、かなり酷評を受けています。
接眼鏡についても、付属のSR5、H9、H20に対して「ひとことで言えば50点以上は差し上げられません」と手厳しい評価です。その理由には、冨田氏のスペシャルラムスデンに対する偏見が半分くらい入っていて、肝心の見え方については触れられていません。ここはまさに今回の私の記事の本題とするところで、実際にどんなものなのかを確認したいというわけです。
ダウエルの接眼鏡広告 (天文ガイド1974年1月号より) |
広告によれば「当社の接眼鏡は、専門家も優秀品だと賞賛しています。」とのことで様々な意味での期待が高まります。面白いのが「標準型金枠付接眼鏡」と書かれている点です。カタログを見ると、そのほかに「接眼レンズ」と書かれた表もあり、ハイゲンス12.5mmが500円と激安価格が設定されています。どうやらこちらはアイピース用レンズ単体を販売していたものであるようです。ここにはラムスデン40mmなどもあり大変興味をそそるところですが、現物を拝む機会に恵まれるのは難しそうです。この単体レンズを納めてアイピースにするのが標準型金枠だったようです。
その「標準型金枠」が一体どういうものなのか、それはダウエルの接眼鏡を入手して初めて分かりました。ダウエル式接眼鏡は、銘板キャップ、眼レンズ枠、鏡胴、視野レンズ枠の4部品*から成っており、眼/視野レンズ枠はそれぞれフィルターのように鏡胴の両端にねじ込んで使用する方式で、他に例を見ません(※補記あり)。(*部品名は弊方が便宜上つけたものです)
ダウエル接眼鏡の構造 4部品で構成されています |
五藤式 H12.5-25mm (写真:ケニ屋さん提供) |
ちなみに、正の接眼鏡の K25mmなどでは、古い五藤光学のものでもこの両端ねじ込み式は採用していないようです。手元にある R16mmにも採用されていません。コレに対し、ダウエルは果敢にK30mm (但し20mm) にも同様の構成を採っています。
■入手した接眼鏡
入手できた接眼鏡は下記の8本で、元箱付きというものでした。元箱は一部セロハンテープで補修などされていましたが、非常に大切にされていたことがわかります。
ダウエル接眼鏡の箱 |
・オルソス Or 4mm
・ミッテンズエー HM 6mm / 9mm / 40mm
・ハイゲン H 12.5mm / 15mm / 20mm
・ケルナー K 30mm
■ 魅惑の「オルソス」4mm を試す!
こちらは、いわゆるオルソスコピック(ortho-scopic) で、意味合いからすればオルソとスコピックの間で区切られるわけですが、ダウエルの場合の省略形は「オルソス」です。広告やカタログにもそのように表記されています。
性能抜群のオルソス 4mm |
このオルソス 4mmも、もちろんダウエルの最高峰です。ハイゲン6mmの 1,500円に対して、4,000円という値段がつけられています。
その オルソス, Or 4mmは、20cm F5反射で月面を見ながらテストしてみました。
当初はダウエルだからと舐めてかかっていましたが、ひと目見て意識を切り替えます。ハッキリ言って、シャープネス、背景の黒さ、コントラスト、濃淡の見え方のどれをとっても「はっ」とさせるものがあり、CZJ 4-O、TMB SuperMono 4mm、谷 Or 4mm、Pentax XP-3.8mm を急遽出撃させての比較となりました。
結果としては、テストの日のシーイングでは残念ながら優劣をつけられませんでしたが、ダウエルのオルソス 4mmが第一線級の性能を持っていることは間違いなさそうです。クレータ周辺の影の濃淡の見え方などに違いはあるものの、どちらが優れているとは一概にいえない状況でしたが、いずれも細かく分解できている限界点は近いものがありました。
このオルソス 4mmは他のダウエル接眼鏡とは異なり、Dauerロゴもなく、意匠も異なります。正直申し上げて、これは谷オルソをダウエルブランドで販売してたものなんじゃないのかという感想を持ったのでありました。
これは広告通り専門家に賞賛されて然るべしです(その昔、谷オルソは十分に評価されていませんでした)。
■ 「Dauer」刻印入り接眼鏡を一気に試す!
さて、ハイゲンス系6本、ケルナー1本のダウエル接眼鏡は、Zeiss製 C50/540 5cm F10.8 アクロマート屈折にてテストしました。リファレンスとしては、CZJ 16-H、25-H、16-O、谷 Or 25mm、K 25mm、ミザール AH 40mmを用意しました。テストの前提として、昼間のうちに全品清掃を終えた状態です。
異様に短いダウエルの HM40とK30 |
まず HM 40mm ですが、こちらはK 30mm とともに長焦点の割にものすごくコンパクトになっています。こんな長焦点が24.5mm径でこんな長さで実現できるのか?幾何学的にも疑問です。
ハイゲンスのような負の接眼鏡では焦点位置がレンズの間に来るのでコンパクト化に資するとは思うのですが、それにしても短すぎです。ミザールのAH 40mmや谷光学K 25mmと比べても大幅に短く、異様です。外観や仕様からして度肝を抜いてくるあたりにダウエルの凄みがあります。
覗いてみると、まず倍率が高い(笑)。AH 40mmでは全く比較になりません。HM 40mmは16-Hよりも倍率が高いのです。倍率では勝ってます(苦笑)。おそらく、実際は13mmくらいではないかと思われますが、いくらなんでも表記の焦点距離から堂々3倍もズレているのはいかがなものかと思います。
像質としては全体にモヤがかかったような強烈なフレアと月の縁に見える青い色収差が印象的です。もちろん、小さなクレーターのキラキラと輝く様子が見えるはずもありません。ダウエル名物の洗礼を浴びた格好となりました。
アイポイントの短さも気になります。Zeissのハイゲンスは敢えてアイポイントを短くする設計で収差補正を狙っているようですが、ダウエルからはそうした高級な配慮は見えません。接眼鏡の構造上、銘板キャップの厚みの分だけアイレリーフ長を削ってしまう設計が覗きにくさを助長した結果のように思われます。
そもそも HM 40mmは「標準型金枠付」カタログには載ってないもので、違う鏡胴に無理やりレンズを組み込んだのではないかという疑いすら持ってしまう逸品です。
スマホコリメートでの月面比較 (せめて焦点距離くらいは正しくしてほしいものです。写真は等倍です。) |
続いて長焦点のK 30mmは、こちらは HM 40mmよりも倍率が低くなってて良心的(?)ですが、25-Hよりは高倍率です(笑)。実焦点距離はおそらく20mm程度でしょうか。
覗いてみると黄色・赤の色収差を月の縁にまといますが、中心はそこそこによく分解していて、小クレーターの輝きがそれなりに見えます。しかし、全体にフレアがかかっていてスッキリしません。また、35°未満でぼやけた視野環の内側でも周辺像はかなり崩れてしまいます。
ハイゲンのH 20mmは比較的まともで、まず倍率が合っています。フレアはあるもののさほどでもなく、中心はきちんと像を結んでいてそれなりにシャープ感があります。誰の役にも立たない情報ですが、ダウエルのハイゲンの中ではこの H 20mmが最もまともではないかと思われます。
H 15mm は HM 40mmに迫る倍率で、16-Hと像のサイズは似ています。しかし、なぜか視野レンズ面の塵にピントが合っているというハイゲンスにあるまじき作りです。また、盛大なフレアはK 30mmよりも顕著で像もシャープネスにも欠け、確かにクレーターは見えるものの細部はよく見えません。
H 12.5mm も同様にフレアが酷く、まるで朧月です。色収差も強烈で像面湾曲もあり、中心と周辺でピントが違ってきます。F10.8の対物でこの状況というのはいかがなものかと思います。解像度は間違いなくH15より劣り、周辺像になると大きなクレーターも見え方が怪しくなってきます。もはや CZJ 16-H と比べられる要素が倍率だけという状況に意欲が失われます。倍率は確かに 16mm より高く、HM 40mmと同じくらいです。
ミッテンズエーのHM 9mm は、相変わらずフレアが酷く、シャープネスも感じられません。一応結像はしていてクレーターは確認できるもののハッキリしないわけですが、「月面ってこんな見え方だったっけ?」という気分にさせられます。冨田先生が「50点以上は差し上げられない」と仰るのにも頷くしかありません。
最後、HM 6mm は確かに倍率が上がることが確認できますが、フレアも盛大になります。まるで、湯けむりの向こうの朧ろ月を眺めているかの如き月面観察となり、ある意味幻想的です。視野中心ではシャープにも見えますが、それは周辺が荒れすぎているためで、絶対的な解像度は良くありません。大きなクレーターの形や凹凸はわかるものの、詳細は分かりません。
全般的に、フレアが強烈なのがダウエル接眼鏡の印象です。また、収差補正などもかなりいい加減で、レンズ構成だけ似せて結像すればそれでOKとしているんじゃないかという疑いすら湧いてきます。
しかし見方を変えると、接眼鏡だけでダウエルの見え味を体感させてくれる神アイテムとも言えるわけで、これをダウエルの鏡筒と組み合わせたら一体何が起こるのか?怖いもの見たさの興味は募るばかりです。
余談:参考までにアイピースをミードSR4mmに換えたところ、フレアが一気に去って抜群の見え味に。目の覚めるようなクレーターの凹凸とコントラストで、シッカートクレーターの中の小クレーターがその形とともに影が鮮烈に映えておりました。また、CZJ 25-Hでは月の全景と共に「小クレーターのキラキラ」や細かい模様が素晴らしい解像度で見え、5cmとはいえテスト鏡筒の性能はバッチリでした(2023.5.2)。
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さて、私にとっての成東商会は、広告をそれこそ紙背に徹するまで読み込んだ小学生時代の想い出でしたが、実物を手にするのはこれが初めてでした。残念ながらその性能の方はお世辞にも良いとは言えず、接眼鏡の焦点距離すら合っていないというのはなかなかレベルが高いものがあります。
にもかかわらず、このテストを終えて妙な感動や満足感があるのはなぜでしょうか。ダウエルがこの現代において惹き付ける何かを持っているのは、本当に不思議です。おそらく、ハッブル望遠鏡の写真を買ってきても満足感も得られず、自分で撮る写真に達成感を感じるのと同じことなのかもしれません。
ダウエルには、望遠鏡部品供給の駄菓子屋的な、あるいは工夫を頭の中に組み立てさせる教材屋的な、そういう要素があったんじゃないかとも思えたアイピース比較の一夜でありました。
コメント
成東の読みについては、当初私も自信がありませんでした。「成東」は千葉の地名での読みから、「なるとう」が正解ではないかと密かに思っていたのですが、今回の執筆にあたって調べましたところ、「せいとう」が正しいということが分かりました。
Dauer のブランド名称自体の由来は定かではないのですが、調べてみたら一般名詞としてドイツ語が存在しているということが分かったというものです。海外ではこれを冠した社名やブランドなどもあるようです。
そして、「標準型金枠」の件はまさにご指摘の通りです!
キャップや眼レンズ枠のデザインからして五藤光学そのものですね!!
(パクリだった疑いも・・・)
いろいろ調べてみますと、古い五藤のハイゲンス系がこの方式を採用していたようで、MH-12.5、25 も鏡胴への両端ねじ込み式だったようです。
一方で、新しいMH-18、25などはこのタイプではなくなっており、また古くてもケルナーやラムスデンはこのタイプを採用していなかったようです。
Twitter でのやり取りから頂いたお写真を添え、本文中に[補記]として加筆いたしました。
重ねて、厚く御礼申し上げます!
私も、小海で入手した「ダウエル帽子」は「ダウエルジャケット」共にお気に入りです。観望会の時には、つねにその出で立ちで行こうと思っています。
※申し訳ありません,投稿時のお名前は私からは編集できないようです。
が、きちんとケニ屋さんと認識しております!