なぜ星雲は大口径でハッキリ見えてくるのか?

何をアタリマエのことを、と思ったアナタ。大口径でたくさん光を集めるから星雲は明るく見えるんだ、なんて思っていませんか?そんな単純じゃないんです。
 星雲をハッキリ明るく見せているのは、分解能の力なのです。したがって、シャープな光学系やよく研磨されたアイピースは、DSO*をよりくっきりハッキリ見せてくれるとも言えます。コーティングの透過率ばかり気にしていてはいけない、ということです。(DSO: Deep Sky Object, 銀河・星雲・星団のこと)

 眼視DSO観察では、DSOを面積体と捉えた「面積当たり光量」がよく取り沙汰されます。古くからの信仰では「大口径でDSOが明るくよく見えるのは、面積当たり光量が大きくなるから」と考えられていましたが、これは理論でも事実でもありません。
 計算してみると、どんなに大口径の望遠鏡を使っても星雲のような面積体の「面積当たり光量(=輝度)」が裸眼を超えることはありません。望遠鏡を使うと対象の輝度は裸眼より減るというのが理屈であり事実です。更に、背景とのコントラストも口径や倍率とは無関係だということも事実なのです。
(ウソだ!そんなハズあるわけない!!、大口径で光をたくさん集めるから明るいってことでいいじゃないか!!! と思われた方は、ぜひ本文を御覧ください。そう単純ではないですし、機材選びにも関係してくる重要事項なのです。)

 一方で、口径が大きい望遠鏡を使うと星雲はハッキリ見えるというのも事実です。理屈に合いません。望遠鏡を通して見る恒星の限界等級や星雲のような面積体が見える限界については、これまでにも先人が検討してこられましたが、なぜ理屈に反して大口径の望遠鏡で星雲がハッキリ見えるのか、私のような鈍才には明快な答えに辿り着けていませんでした。

 今回たどり着いた結論は、”集光力とは「たくさんの光を集める力」ではなく、「光をより小さく集中させる力」だったのだ”、ということです。これを元に口径や瞳径の効果を考察して謎を解き明かし、更に適切な倍率選定について考えてみました。

星雲や銀河が「なぜ大口径でよく見えてくるのか?」、長年の疑問でした。
(写真はM33さんかく座銀河。Lambda撮影)

 今回のポイントは「星雲の輝度は一様ではない」という仮定を入れたところにあります。この仮定を否定できるDSOを、私は知りません。
 このように仮定すると、星雲の淡いところが見えるかどうかは恒星の限界等級と同じで分解能支配と考えることが出来ます。そして「恒星像も実は面積体」だということを思い出してみると、実は恒星の限界等級とDSOの見え方は分けて考える必要が無いもののようにも思えます。

 ここに「DSO眼視大統一理論」の存在を感じずにはおれません。(だれかお願いします)

■望遠鏡をつかうと「輝度(面積当たり光量)」は減る
 奇妙ですが、口径で集めてきた光を集めた以上に倍率で引き伸ばすため、面積当たり光量は裸眼より減ってしまいます。ここで「倍率を小さくすれば良いではないか」としても、射出瞳径が大きいと肉眼の瞳径で結局絞られてしまうので、裸眼以上の輝度は得られないのです。

 肉眼の瞳径を de、望遠鏡の口径をD、倍率をpとすると、
 ・集められる光量は面積比ですから、(D/de)^2。
 ・倍率p をかけて眺めるときの像の面積は p^2 倍。
 ・集めた光量を倍率pで引き伸ばすと、面積当たり光量(輝度)は肉眼比 {(D/de)/p}^2 倍。
 ・射出瞳径dpは dp=D/p で、最低倍率のときには D/p=de。
 ∴ 最低倍率の時に面積当たり光量は口径に関係なく肉眼比1倍となり、これが最大なのです。倍率を上げればこれより暗くなるしかないので、望遠鏡を使うと面積当たり光量は必ず減るわけです。

 輝度は射出瞳径=瞳孔径のときに裸眼と同じになりますが、それは光学系の光量ロスがゼロの場合だけです。

望遠鏡の口径と対象の明るさ

倍率・口径と面積体の見え方
■倍率の高低でコントラストは変わらない
 昔の入門書には、「倍率を下げると面積当たりの光量が増えるので有利なのだ」と書いてあります。私もそんな風に思っていたこともありました。しかし、倍率を下げると「背景の面積当たり光量も上がる」のです。最良の空でも背景は真っ暗ではなく、明るさを持っています。
 このため、対象と背景の輝度比(コントラスト)は倍率で変わることはありません。ですので、倍率を下げても淡い対象(星雲や銀河)は見えやすくなったりはしないのです。

■恒星像は面積体
 恒星が点光源であることは間違いありません。しかし、その像は眼で見ても十分に認識できる程度の面積体です。本来は点のはずなのに、口径に起因する分解能不足のためにエアリーディスクという円盤状に見えているわけです。実際に倍率を上げると、恒星は見かけ上大きく見えてきます(点にしか見えない、という説明は誤りか、または観察不足です)。
 射出瞳径4mmで、エアリーディスクの直径は視力1.0で見分けられる1分角を超える1.16分角となり、これ以上の倍率では恒星は円盤状に見えてきます。

 そう考えると、恒星の明るさも光量の等級[mag]ではなく輝度(面積当たり光量)[mag/平方秒角]で表すことができ、星雲のような面積体の考察と繋げて考えることができそうでもあります。

[余談] 大きな射出瞳となる低倍率が好まれる理由は、ここにあるのではないかと思っています。観望で「針でつついたような星像」を好んで求めると、4mm以上の射出瞳径となるような低倍率が必要になるからです。これ以上の倍率では、一見すると「星像が甘い」と感じることもあるかもしれません。しかしそれは甘いわけではなく、エアリーディスクが拡大されて見えているだけです。

口径による恒星の見え方の変化(星像サイズと明るさ)

■大口径で限界等級が上がる理由
 倍率が同じまま口径を大きくすると、面積体の場合と同じように対象と共に背景も明るくなってしまいます。しかし、大口径ではその分解能の効果によって点光源はより小さく結像します。この結果、背景が明るくなる以上に恒星像の輝度は上がり、これに伴って限界等級が上がるわけです。
 射出瞳径を揃えると倍率が上がって背景の明るさが揃い、恒星像のサイズは小口径の時と同じサイズになります。大きな口径で得た光量を同じみかけサイズの恒星像に集中させられるので、像の面積当たりの輝度が上がって限界等級が上がる、と捉えることができます(集光の効果)。
 このように、分解能の効果と集光の効果は表裏一体の関係にあります。

 眼の特性を考えずに光学的な比率だけを考えると、得られる光量は口径Dの2乗に比例し、恒星像の面積はDの2乗に反比例し倍率pの2乗に比例します。瞳径を揃えると倍率pDに比例するので輝度aは、次のようになります。

 aD^2 / {p^2/D^2} 
  ∝ D^2

 瞳径が揃っていると背景の輝度も揃うので、限界等級mLの変化 ΔmLは D^2 の効果だけ考えればよく、基準となる瞳径に対する口径の比 D/7 を使って

 口径による限界等級の上昇 ΔmL = k log{(D/7)^2} = 2k log(D/7) ≒ 5.0 log(D/7)

 となります(k は「5等級で100倍明るさが変わる」という等級の定義から、k=5乗根100≒2.51 です)。

■星雲は大口径でクッキリ見えてくる!

DSOの輝度モデリング模式図
 銀河にせよ星雲にせよ、DSOを「面積体」と捉えるのは一般的です。しかし、よくよく考えるとこれが妥当なのかどうか、大いに疑義があります。DSOが少なくとも一様でないことは明らかで、それを否定するDSOを私は知りません。
 宇宙望遠鏡の画像を見ると、どんな星雲にも小望遠鏡では分解できない微細な濃淡がありますし、銀河なんて無茶苦茶遠い恒星の集まりなのですから、DSOは点光源の集合体だと考えるほうが現実に即しているようにも思えます。

 DSOを点光源の集合だと捉えると、大口径でDSOがよく見える理由は恒星の限界等級と同じことです。DSOの各点は「点光源」として光を発しているけれども、我々の望遠鏡ではそれを分解できず、暗く広がった面積体としてしか捉えられないというわけです。
 小口径ではこれが肉眼の限界を下回り、「見えない」となるという理解です。大口径になれば恒星の限界等級と同様に集光して輝度(=面積当たり光量)が増し、人間が認知可能になるというのが、星雲が大口径でくっきりハッキリ見えてくる理屈です。

 星雲・銀河といったDSOも恒星と同様に、「それ自体は点光源だけど、有限の分解能のために像は面積体」として見えていたということだと思います。少なくとも、「元々面積体だ」と考えるといろいろ説明がつかなくなるので、それは誤りというか、そういう天体は無いように思えています。
 一方で、像は面積体なので倍率で引き延ばされて輝度が減っていくことは、前述の通りです。また、口径の効果は対象の濃淡が強いほど現れやすくなることから、逆に濃淡が少ないDSO(M101とか)は総光量の割に眼視観察では難物になるのだと思われます。

■倍率選定とコントラスト - "シン・面積当たり光量"
 星雲と恒星を望遠鏡で覗いた明るさを同列に語れるとなると、俯瞰してみたくなるのは人情というものです。そこで、沖田博文氏の検討結果(文献 1,2) を含めて恒星の輝度もろとも「面積当たり光量 vs 瞳径」の対数グラフにプロットしてみたのでした。
 このように整理すると、単に明るい/暗いという「面積当たり光量」の絶対値というよりは、バックグラウンドとの比(対数では差)が見え方を決定づけていることがよく分かります。このような理解の上で語る「面積当たり光量のS/N」の捉え方は、"シン・面積当たり光量"とでも呼びたくなるところです。

対象・背景の輝度を射出瞳径で整理

・恒星と面積体
 人間の眼の性質として、小さい対象ほど輝度が高くないと見えないという傾向があるようです。6等級の恒星を7mmの瞳径で見たときの輝度は 13.8mag/sq" です。望遠鏡の極限等級は、射出瞳7mmのときにこの値になっています。(単位[sq"]は、秒角^2の意です)

 面積体の場合、視認できる限界は総光量7magが限界とのことですので、これを輝度に直すと、点でないと認識されるφ1°で 15.7mag/sq" 、積分効果が及ぶ最大範囲(文献2)である φ4°で 17.2mag/sq" です。

・バックグラウンド
 背景の明るさは視認限界に影響を与えるようです。空も真っ暗ではなく有限の明るさがあり、輝度そのものであるSQMの値(mag/sq")で示されます。これを望遠鏡で覗くと、グラフの中で倍率に応じて斜めの直線上の値をとります。
 対象を見分けられる最良の背景の明るさは 25mag/sq"(文献2) と、最高の空の暗さ SQM=22よりも暗くなりますから、倍率を上げて背景をこの値に近づけてやることが良い、ということになります。光害下では、より高い倍率が有効になります。

・光学的S/N比と視認の障害
 極限等級が高倍率で下がったりしないことを考えると、人間の眼は輝度の絶対値ではなく背景の明るさとの比が見え方を左右しているということになります。これは、対数グラフ上では差として表れ、これを「光学的S/N比」とでも呼ぶべきもので、人間の眼の特性とは無関係な背景との比です。
 一方で、背景が明るくなると対象を人間の眼は認識しづらくなるという傾向が明らか(文献2)です。つまり、最適な背景である 25mag/sq"をはみ出すと、同じ光学的S/Nであっても対象が見えづらくなることを意味しています。これを仮に「視認の障害」としました。

 この視認の障害をゼロに近づけて、光学的S/Nを保つのが、良い倍率選定だと考えられます。 一方で、この視認の障害がゼロとなっても、それより背景が暗くなっても意味はないので、そうなるような倍率は過剰倍率と言えます。
 25mag/sq" の暗い背景を得る射出瞳径は、SQM=21.5の空(ほぼ最良)で 1.4mm、SQM=20で0.7mm、SQM=19では0.44mm となり、光害下ではかなり高倍率側に最適点があることが分かります。(対DSOの有効最小瞳径と呼ぶべきかもしれませんし、対DSOの最適倍率というのが良いのかもしれません)
 この 25mag/sq"を得るDSO有効最小瞳径dc[mm]は、観察する空のSQMの値を使って次のように計算できます。

 DSO有効最小瞳径 dc = 10^{0.2*SQM - 4.15}

・口径の効果
 グラフ上では、口径の効果は対象の輝度を押し上げる、つまり縦軸方向に明るくする効果があります。グラフの極限等級の線は「裸眼と同じ7mmの口径で6等星をみた時」の線ですが、大口径を使うと光が同じ像内に集光して、より暗い極限等級の星がその輝度[mag/sq"]で見えてくることを示しています。
 DSOも同様で、「点光源の集合」が結像してできる「面積体の像」は、口径の効果でやはり縦軸方向に明るくなり、視認可能になってくる、というわけです。

 グラフが口径に関係なく射出瞳径で整理できていることから分かるように、倍率はその絶対値で考えるのでなく、射出瞳径で選定するのが DSOに対しては良いと思います。

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 これまで謎だった「星雲が大口径でよく見える理由」が、個人的には分かったつもりになれました。また、ミザールのλ/20鏡や Zeiss C50/540 で口径の割に星雲が良く見えたり、顕微鏡用Zeissラムスデンで系外銀河がやたらハッキリ見えたといったことを体験してきましたが、これらの理由も腹落ちしました。
 研磨が良い鏡やレンズやアイピースはDSOにも強い、ということです。コーティングなどによる明るさばかりを気にしがちな対DSO機材ですが、その本質を考えると選び方も見方も変わってくるのではないか、と思ったのでした。
 集光力は分解能と表裏の関係にある、というところが望遠鏡の本質、ではないかと思うのです。

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■ 参考文献、サイト記事
(先人が考察や実験を重ねておられます)

1. 沖田博文, 限界等級, 趣味の天文, 2017
2. 沖田博文, アイピースシミュレータ実験結果, 趣味の天文, 2022
3. 大山正, 輝度と明るさはどう違うか, J. IEIJ, 1967
4. 臼井正, 続・天の川が見える怪, 天文教育, 2007 
5. Satoshi ISHIZAKA, Star Watching   -瞳のお話-, Nstar's Laboratory
6. Lambda, 星雲星団は低倍率で、は本当か?, 当ブログ, 2019


コメント

MRYM さんの投稿…
興味深い考察ありがとうございます. 目からウロコでした. たしかに, 微光星もですが淡いものも, 同じ口径でもシャープな光学系が見えると感じてました. 集光の鋭さが決め手ってことですね. 屈折がよく見える理由もここに!
Lambda さんの投稿…
MRYMさん、コメントありがとうございます!
私も、ずーーっと感じていたんです > "同じ口径でもシャープな光学系が見える"
勿論、口径によって小さいところに集中してくる成分が増えるので見えやすくはなるわけですが、よりシャープな光学系を使うと星雲・星団はよく見えてくるのは事実ですし、その説明がついたんじゃないかなと思っています。

屈折望遠鏡がよく見える理由の一つがコレだというのもそうですし、また、屈折望遠鏡は大きい瞳径でもきちんと見えてくれるというのもあると思っています。