ミザールのワインレッド鏡筒、λ/20鏡は良く見える

ミザールが1982年に投入した「鏡面精度λ/20」のニュートン反射には、その赤い鏡筒の艶やかな魅力に、私も幼心にずいぶんと憧れたものでした。幸運にも極めて状態の良い(たぶん未使用品)を入手できましたので、試してみました。
 この鏡筒は、ワインレッドの MIZAR 120SL-RS20Pというパイレックス硝子仕様のものです。発売時からその美しい鏡筒に憧れを抱いたのは私だけではなかったようですが、世評は2分されているようで、「言うほど良く見えない」といった伝聞情報もあります。実際、この120SLは短径42mmもある斜鏡による遮蔽が大きく、惑星向きではない仕様に仕上がっているのは事実です。
 そういうわけで今回は、眼視と共に木星を撮影してその実力を確認してみました。

ワインレッドの MIZAR 120SL-RS20P
THREEKOR スーパーオルソー と相性バッチリです

■ ミザール λ/20、RS20シリーズ

発売当時の AR-120SLの広告です
(天文ガイド1982.8 臨時増刊号)
 1952年創業の日野金属産業は、1957年に「低価格高品質を念頭に」天体望遠鏡に参入して「ミザール望遠鏡」で大いに存在感を示した光学機器メーカーです。1966年発売の H-100型10cm/F10反射は大いに人気を博し、8cm屈折のカイザー型や15cmカタディオプトリック(Jones Bird)反射のCX-150をフラッグシップとした日本の天体望遠鏡メーカーとして、全国のデパートや眼鏡店に望遠鏡が飾られたものでした。

 ミザール望遠鏡が全盛期を迎えるのは1970年代後半から80年代前半にかけてで、鏡面精度λ/20鏡を採用してAR-1型赤道儀に搭載されたAR-120SL-RS20Pは、この全盛期の1982年の発売でした(*)。
 この頃のミザールは矢継ぎ早に新製品を投入していきます。コンピュータ設計を謳ったカセグレン系カタディオプトリックの アルテア15 やフローライト屈折の FA80 が1983年に、λ/20鏡の13cmバージョンをラインナップする 130SLが 1984年に発売され、1985年にはRV-85赤道儀が登場しています。

正式名称は「天体反射赤道儀
AR-120SL型 超高精度RS20P」

  
 その中にあって、ワインレッド鏡筒のAR-120SL RS20Pには妙に特別なプレミアム感が漂い、大いに憧れを抱かせたのでした。この後に登場した 130SL や 150SLにもλ/20仕様は存在しましたがパイレックス仕様はついに発売されず、したがってワインレッド鏡筒はこの120SL-RS20P のみとなりました。

 RS20仕様は 120SL、130SL、150SLのほか、F6.7の150Mにラインナップされていました。120SLは鏡筒の色で仕様が分けられており、白色鏡筒でλ/8仕様の無印120SL、オレンジ色鏡筒で青板ガラスλ/20鏡を採用した 120SL-RS20、そしてワインレッド鏡筒でパイレックスガラスを採用した 120SL-RS20Pというラインナップでした。

 130SLの発売当初は、120SLと同様に白色鏡筒の標準精度品とオレンジ色のRS20というラインナップ分けでしたが、RV-85への搭載されLXシリーズとなるのに伴って全て白色鏡筒となり、RS20には二重星の回折環をあしらったステッカーが貼られるようになりました。150SLのRS20仕様も同様です。

130SL以降はパイレックス仕様は
登場しませんでした
 
 150M-RS20はミザールEX赤道儀に載せられていたようですが、現物を拝んだことはありません。焦点距離1,000mmのF6.7のλ/20仕様ということで、斜鏡径が小さければ「もの凄く」良く見えたんじゃないかと思います。ただ「EX-150M-RS20」はセット定価35万6千円ということで、これを買うのは相当な猛者だったろうなとは思います。ミザール望遠鏡の幻の最高峰です。
*ミザール65周年記念誌の年表には「120SL-RS20シリーズ1983年発売」との記載がありますが、1982年8月の天文ガイドには既に広告が出ており1982年が正しいと思われます。

 この1980年代前半には、様々なカラフルな鏡筒が登場しました。ミザールではアルテア15の黄色やFA80の紫紺、アストロ光学の青色、日本特殊光学の黄色や薄水色、高橋製作所の薄い青緑、などです。RS20シリーズやアルテア15に対しては、専用色のガイドスコープ(GT-68)も用意されたりしました。
 しかし、ハレー彗星の後くらいから徐々に白に席捲されていったように思います。ミザールでは、RV-85赤道儀の登場がちょうどそのタイミングで、LXシリーズではアルテアもRS20も白色鏡筒に統一されました。

■ λ/20鏡の見え味、インプレッション
 結論を申し上げますと、手元の120SL RS20Pは良く見えます。絶対的な解像度は20cmニュートン(SE200N)に及ばないものの12cm反射としては出色の見え方ではないかと思います。サイドバイサイドでは比較できていませんが、手元の15cm 150SL (標準λ/8仕様)よりもよく見えるという感触です(150SLで見えたことがないものが見えている)。中央遮蔽の大きさを跳ね返す実力があります。

MIZAR 12cm λ/20鏡による木星
Data: 2022.10.1, 22:18JST, 120SL-RS20P (12cm/F6), Powermate 5x, ADC, SV305
Exp. 14ms, Total 22,500frames, 45% stacked.
AutoStakkart! 3 + Registax 6 + WinJUPOS + StellaImage8

 具体的には、木星面の大赤斑周囲の入り組んだ様子やフェストーン、淡い縞、白斑を眼視で捉えることができ、12秒角ほどの火星面の大シルチスやキンメリアの海などの濃淡や形を容易に捉えられました。「ミザールは見えざーる」などと揶揄されたこともありますが、そんなことはないと断言できます(150SLもそこそこよく見えます)。※個人的には、1980年代のミザール反射シリーズに付属していたOrのアイピースが駄目だったのだと思っています。赤いラインの入った1980年代のものをいくつも再入手して試しましたが、良いとは思えません。テストにはパワー・ハイゲンを用いましたが、スリコール S.OR 4mm との組み合わせもなかなかでした。
 10月初旬にはシーイングが比較的良い日がありましたので、試しに 120SL RS20Pの λ/20 鏡で木星撮影にトライしてみたのがこちらの写真です。3本スポークで中央遮蔽の大きい(42mm, 直径比35%)口径12cmによる写真としては、それなりに細かいところまで写っているのではないかと思います。昨今では、中華製マクストフなどにもかなり良い光学系が用いられていますのでそこからの大きなアドバンテージを見出すのは難しいですが、それでも12cmとしては良く見える部類に違いないと思います。
ワインレッド鏡筒の勇姿
(撮影時は銀巻してます)
 

 ちなみに、この鏡筒はR.F.T.(リッチ・フィールド・テレスコープ)を名乗っていただけあって、星雲星団を見るのにも最適です。面精度のせいか星像が締まっていて微光星がよく見え、星雲も心なしかコントラストが高く見えるように思えました(もしかしたら150SLよりも)。光害マップ上のSQMで19程度の市街地からですが、M33やM1、M78、M76を確認できました。星団も素晴らしく、M38などは微光星が大変小さく美しく見えました。
 また、F6という口径比が実によく、Nagler 13mmとの組み合わせでは収差がほとんど気になりません。コンパクトで軽量ながら、大変満足度の高い鏡筒です。

 短所を挙げればそれは旧式の接眼部です。この接眼部は42mmP0.75のT2マウント互換なところが美点ですが、デュアルスピードではなく硬めのグリスでガタを誤魔化す仕様なので撮影向きではありません。また、ややガタ自体も小さくないのが悔やまれるところです(とはいえ、新品状態ではガタを小さくするようによく調整されていて、バーローやADCを取り付けての拡大撮影にもギリギリ耐えてくれました)。

ミザール65周年記念誌より
■ 世評と反射望遠鏡のカルマ
 反射望遠鏡の見え味については賛否色々ありますが、理論的に言っても中央遮蔽によるコントラスト低下の影響は免れません。中央遮蔽の影響は球面収差や面精度の低下と似た影響をもたらすわけですが、中央遮蔽によってエアリーディスクの内部が荒れるわけではないというのがポイントで、いわゆるアポダイジングの全く逆のハイパスフィルタの効果があります。このため、低周波の、つまり大きな模様の「濃さ」が低下するものの解像度が下がるわけではなく、むしろ細かい模様は強調されるというあたりが、世評を分ける原因になっているように思われます。

 中央遮蔽は小さい方がコントラストが良いわけですが、1980年頃の価値観では「斜鏡は大きい方がエラい」ことになっていた黒い過去がありました。当時の反射望遠鏡はF8が標準であり、F6はコマ収差の大きい短焦点とされ、大きな斜鏡が良いとされていました(オフセットされてない斜鏡のケラレを気にしていたと思う)。高橋製作所のMTシリーズもF6.3でしたが直径遮蔽率31~32%の斜鏡が採用されており、私のSE200Nの遮蔽26%ドケチ斜鏡とは違います。
 この120SL-RS20Pにも立派な斜鏡が奢られていて、口径12cm にして 42mm(中央遮蔽率 直径比35%)の斜鏡も少年の心をくすぐったわけです。今になって考えてみるとアホな話だと思いますが、斜鏡径の大きさを競って(?)いた時代のせいで、ニュートン反射の評価が下がったのかもと思う昨今です。逆に、現代の安物Kenko SE200N(20cm F5)がやたらと良く見えるのは、ケチられた斜鏡径のおかげかもしれません。

憧れだった λ/20 ワインレッド鏡筒。
斜鏡短径は42mm、鏡筒外径は154mmです。
※銘板のRS20の"P"は、印刷でなく打刻となっていました。

 反射望遠鏡のもう一つの問題点は、筒内気流です。当ブログでも考察してきましたが、光路が鏡筒に沿っている反射望遠鏡では、冷えた筒による陽炎で口径の外周の光が台無しになります。このため、鏡筒が十分太くないと良く見えない場合があるのです。口径の外周1/8ほどの細いリング状の領域がもたらす光量が全体の半分弱を占めますから、鏡筒壁面付近が筒内気流で荒らされていると、能力を発揮できません。12cmの口径なら鏡の外周わずか 1.5cmの範囲が分解能のキモなのです。
 いにしえの 10cm F10鏡筒は「良く見える」と定評がありますが、その鏡筒径は142mmと太く、半径で2cmもの余裕があって陽炎を回避しやすかったことと無関係ではないかもしれません。H-100を始めとする10cm F10反射は太めの鏡筒によって外気の状態や放射冷却に関係なくパフォーマンスを発揮しやすかったのかもしれません。小さい中央遮蔽(25%)と相俟ってコントラストよい惑星像を楽しめたのだろうとも思います。
 120SLの鏡筒径は154mmで、半径1.7cmほどの余裕です。これは、150SLの鏡筒径183mmと同程度です。この点、120SLと鏡筒径が共通の130SLは半径1.2cmしか余裕がなく、銀巻きでも施さないことにはパフォーマンスの十分な発揮は難しそうです。

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120SL-RS20Pの保証書。
手元のものは1984年製で最後期と思われ、
およそ年間250台売れたようです。
憧れだった MIZAR 120SL-RS20P、ワインレッド鏡筒ですが、良く見えたので大満足です。いろいろ良く考察を深めると、鏡面の良し悪しはスペック値だけで語るのは難しい世界があるので、ここについてはまた別の機会にしたいと思います。

 そもそもレイリー基準(Rayleigh criterion)の「波面誤差 λ/4」がニュートン反射に求めている鏡面精度は主斜鏡それぞれP-Vで λ/12.7 (±λ/25)ほどですので、このミザールの±λ/20ではレイリー基準を満たせません(苦笑; ±表記は何か間違えてんじゃないのかという気も… )。

 ですが、丁寧に作られているとおぼしきこの鏡がよく見えたことは、また様々な考察の窓を開いてくれた心地がします。老後の楽しみとしたいと思います。
_______

(ご参考)広告に曰く;
“ RS20、RS20Pの主鏡面は、正しい放物面(パラボラ)を基準として、周縁での最大差がλ/20以内(+又は-0.027ミクロン以内)に整形されています。全体のなめらかさ(いわゆる「スロープ」)にも十分注意し、中間帯に凹凸のないものを合格とします。
 以上の検査はフーコー・テスト法により、表面のメッキ処理の前後、2回実施し、温度条件も記録されます。RSの超高精度はこのような厳しい品質管理によって保証されるのです。”

というわけで、周方向に均一であったり径方向に滑らかであることはスペック値以上のものをもたらしているように思われます。

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コメント

UTO さんのコメント…
そういえば、昔は、反射望遠鏡のミラーが何分のラムダだって結構、話題になってましたが、最近、めっきり聞かなくなりましたね、、、。

それにしてもMIZARのワインレッド鏡筒はカッコいいですね~
Lambda さんの投稿…
UTOさん、コメントありがとうございます!

そうですね。最近は 「λ/xx」みたいのを謳い文句にしないですね。
(英ORIONくらいかもですね)
近頃は、比較的高精度な鏡が量産されるようになってしまって差別化要素になりにくいのかもしれません。

ワインレッド鏡筒は、40年前に憧れて、そのままの勢いで今頃入手してしまいました。
色とかデザインって、大事ですね!
望遠野郎 さんの投稿…
こんばんは。

もう、ミザール最高ですね!

エレエレバッフル(私の勝手な造語=小さな長方形の突起を複数配置したもの)を
取り付ければ、コントラストも上がりそうです。(海外の作例で筒内マックロ!)
(自分の20センチF5の最終魔改造で考えているのがそれです。)

筒=ミザール
架台=ビクセン(SP赤道儀を経緯台モードで)
アイピース=スリービーチ(SR、S・OR)

・・・の当時の製品の組み合わせは(眼視)最強かもです。

望遠野郎 さんのコメント…
↑上コメント、望遠野郎でした。
Lambda さんの投稿…
望遠野郎さん、いつもコメントありがとうございます!
(望遠野郎さんの書き込みと思ってました ! ^_^)

さて、エレエレバッフル、迷光防止でのコントラストUPに効果ありそうですね。
反射望遠鏡は、接眼筒の対向部分からの迷光がありますから、ここを特別に対策される方もおられますね。

それにしても、ミザールは反射望遠鏡派に夢を見させてくれたメーカーでした。
手元にあるカタログなんかを見ると、撮影されてる角度も絶妙でカッコいいと思うのでした。
匿名 さんのコメント…
私も当時の天が等の専門誌に載った広告で、
ミザールのλ/20やアストロ等のサブ鏡筒の載ったセットに憧れていました。
しかし、高価でセットでは買えず、バラバラで買えそうな物で揃えていました。
私は、日本特殊光学の水色のPN-18とビクセンのセンサー赤道儀で今でも現役、主力で使っています。
Lambda さんの投稿…
コメントありがとうございます!

JSOのPNシリーズは、良質なニュートン反射ですね!
PN-18はドブソニアンタイプと鏡筒タイプがあって、
鏡筒タイプはなかなかいい色合いで、広告を見てはいいなあと思っていました。
(むかし、水色のSPACE10を所有したこともあります)

口径的に、センサー赤道義ともベストマッチですね。
当時は中型赤道義の選択肢が少なくて、
ビクセンのセンサーはC11も載る堅牢な架台というイメージでした。

現代になって触ってみても、なお実用性があってつかえるのは、望遠鏡の楽しいところだと思います。
望遠野郎 さんのコメント…
どうも。望遠でっす!

思い出したんですが、昔の(1980年台くらいかな)天ガの
広告で、「ジンデン鏡は1/50λ。世界の大天文台の主鏡は
ほとんどがジンデン鏡!!」みたいなのが載っていて、ド肝を
抜かれ、憧れました。

アマ用に、黒い架台のドブ・・・筒はおそらく赤く塗装したボイド管
のが売ってましたね。たしか25センチ? 50万ぐらいだったような。

「シンデンではなく、ジンデンです(キッパリ)」とも書かれていた
ような気もします。
Lambda さんの投稿…
ありましたね、ジンデン鏡。
私も憧れてました。

一部には「大したことない」論があるようですが、このミザール同様に実際に見てみない限りは分からないですね。

でも、ジンデン鏡の宣伝文句にあったと思う
「星雲もハッキリ見えるようになる」というのが正しいことは、ミザールでも体験しました。集光力だけじゃない、ということだな、と。
Gaoji さんのコメント…
Lambda様
はじめまして。ミザール望遠鏡のことを検索してましたら本ブログにたどり着きました。
ワインレッドの120SL-RS20Pを愛用している者としてとても嬉しい内容でしたので、
思わずコメントを投稿させていただきました。

私の愛機は、曇天の集いー曇天会議-旧掲示板-古スコ広場No.3301で紹介させてもらっています。

http://yumarin7.sakura.ne.jp/telbbsp/joyfulyy.cgi?getno=3265;copnum=all#getno3265

オリジナルの状態では鏡の性能を発揮できていないと思い、斜鏡の小径化、ベーンスパイダー化、
斜鏡の小径化に伴う鏡筒の延長と、それに合わせて外気順応を考慮した主鏡セルの改造、
粘々グリス接眼部を構造的にしっかりした支持となるように改造、を施したところ、
像のシャープさ、ピントの合わせ易さが各段に良くなりました。
また、Lambda様もおっしゃる通り、良質のアイピースを使用することで高性能を引き出せますね。
高倍率に耐えうる鏡ですから、短焦点の高性能アイピース使用で更に実力が発揮できます。
私はPentaxのSMCオルソとXO、ビクセンHR、旧式のアッベオルソなどを使用しています。
Lambda さんの投稿…
Gaoji さん、コメントありがとうございます!
この赤い鏡筒に惹かれたお仲間ですね!!

そして各種の改良を加えているとは、素晴らしいです。
斜鏡径や泣き所の接眼部もきちんと対処されて、すばらしい鏡筒になっているようですね。
(仕上げも素晴らしいです)

アイピースも、Pentax OやXO、ビクセンHRであればこの筒の実力を発揮できますね。
この筒は、星雲・星団もコントラストが高く、小型軽量ですので、老後のお供にしようと思っています。