反射望遠鏡の弱点の一つは「筒内気流」だとされていて、これが惑星観察などで像質を悪化させる元凶となっています。
しかし、なぜ反射式望遠鏡でばかり問題になるのでしょうか?
反射望遠鏡での筒内気流のけっこうな部分は「鏡筒の放射冷却」によるもので、筒内気流対策が銀色シート巻きだということは当ブログでもかつて焦点外像などを使って示してきたところです(銀色シート巻きは夜露対策としても効きます)。
今回は、筒内気流が発生するメカニズムを図解しつつ、来たる今年(2020)の火星準大接近の迎撃準備につなげたいと思います。
■ 筒内気流に関する通説
昔から反射望遠鏡の筒内気流については通説があって、次のようなことが信じられています。
・反射望遠鏡は筒先が開放されているから。
・下方にある鏡がから熱気が立ち昇るから。
・光路が反復しながら筒内を通過するから。
しかしながら筒内気流は、筒先が閉じているシュミットカセグレンやマクストフ式でも問題になっているのが現実です。筒先の開放が原因だという論法にはだいぶ無理があります。
そして鏡が下にあるのが問題だというのも疑問です。レンズが上方にあってもそこから熱気は立ち昇りますし、光は更に上からやってきます。気流が筒の「中か外か」というのが問題になるのもおかしな話です。レンズの上方にだって空気はありますし、フードもあります。
これらの通説の中で、光路の反復の影響は確かにあります。しかし、根源的な筒内気流の原因を説明しているわけではありません。
残念なことに、これらの通説は実際に起きている事象を断片的に説明してはいるものの、腑に落ちない点が残されているのです。このため、筒内気流の通説には天動説に通じるものを感じざるを得ないのであります。
一般的には「主鏡の残留熱が原因」と解説される筒内気流ではありますが、個人的にはやや疑問です。もちろん主鏡の熱容量や外気温変化に伴う影響はあることに違いないのですが、それが全てだったら屈折望遠鏡でも筒内気流がもっと問題になってもおかしくはないはずです。
■ 筒内気流のメカニズム
そういうわけで、反射望遠鏡の筒内の様子を念写してみたのが下図です。図は、ある程度温度順応させた状態を想定したもので、鏡筒は金属で、主鏡セルはシースルーではなく塞がれている状態のものです。
結論だけを言ってしまうと、反射望遠鏡で筒内気流が問題になりやすい理由は「光路が鏡筒壁面に沿っているから」だと考えられます。
後述しますが、最も凶悪な「冷やされた鏡筒壁面」に沿って、最も解像力をもたらすはずの外周側の光路が長い距離にわたって邪魔をされているというのが、反射望遠鏡の弱点です。
筒内気流を考えるにあたってまず大事なことは、像の乱れを作るものは気流ではなく空気密度の変化だということです。気流は見えませんし、像に影響も与えません。しかし、温度が変わると密度が変わり、屈折率が変わるので像は著しく影響を受けます。
これは「陽炎」と同じ現象ですが、この陽炎が一様ではなくゆらゆらと筒の中に入り乱れて生じると、より像質を悪化させます。
図に示した「ある程度温度順応が為された状態」では、気流を生じさせる元凶は鏡筒壁面です。鏡筒は、放射冷却によって結露を生じるほどの冷え方になります。20cmの鏡筒では100Wの桁の熱量で冷やされていますから、いくら待っても順応することはありません。当然鏡筒内部の空気も鏡筒壁面付近で冷やされて、ユラユラした下降気流を生じます。
なお、基本的に鏡筒よりも外気の方が温かいので、外気から鏡筒はわずかずつ温められています(この過程で結露する)。このため、鏡筒の下方からは上方に向かう気流が生じて、筒内の全体的な対流を形成しています。
そして一般に問題とされる主鏡ですが、もちろん鏡の温度が筒内の空気よりも高ければそこで空気は温められて上昇気流を生みます。温度順応が進んだ状態では主鏡からの熱の伝達量は限られていますし、主鏡による対流はごくゆっくりした層流になりますが、鏡筒壁面の付近では冷えた下降流とぶつかって揺らぎを生じながら筒内の対流を形成します。
こうした対流の過程で、鏡筒壁面付近では大きな密度差が生じており、鏡筒の軸中心付近では混合によって密度差が減っている状態になっているものと考えられます。
要するに、鏡筒壁面が像を悪化させる鬼門だということです。
反射望遠鏡では、光路がどうしてもこの鏡筒壁面に沿っていくので、影響が甚大なのです。しかも、その鏡筒に沿う部分こそが解像度や集光力のカナメなのですから、なおさらです。
もちろん屈折望遠鏡でもこのような鏡筒による筒内気流は生じているわけですが、光は屈折して壁から離れていくので影響を受けにくくなっているものと考えられます。
そういうわけで、銀色シート巻きは夜露対策だけでなく、筒内気流対策としても有効です。
写真は、昨年6月に撮影した温度順応過程の焦点外像ですが、主鏡の温度慣らし60分の効果よりもその後の銀シート巻きの効果の方が大きいことが分かります。また、鏡筒壁面への対策が、焦点外像の外形に効いていることもよく分かります。
このあたりの筒内気流の状態を念頭におきつつ、今年の火星を迎撃してみたいと思います。(2020年3月現在はまだ遠くにいる火星ですが、今のところ砂嵐は起きていない模様で、コントラストの高い模様が観察されているようです)
関連記事:
・衝撃!筒内気流除去の術
・口径と気流の話
・見えている気流の正体 - 気流の話①
しかし、なぜ反射式望遠鏡でばかり問題になるのでしょうか?
反射望遠鏡での筒内気流のけっこうな部分は「鏡筒の放射冷却」によるもので、筒内気流対策が銀色シート巻きだということは当ブログでもかつて焦点外像などを使って示してきたところです(銀色シート巻きは夜露対策としても効きます)。
今回は、筒内気流が発生するメカニズムを図解しつつ、来たる今年(2020)の火星準大接近の迎撃準備につなげたいと思います。
眼視用15cm F5鏡も、金色シートで筒内気流&夜露対策を施しました (こちらのツイートに触発されて新色の"金色"ブランケットを纏わせてみました) |
■ 筒内気流に関する通説
昔から反射望遠鏡の筒内気流については通説があって、次のようなことが信じられています。
・反射望遠鏡は筒先が開放されているから。
・下方にある鏡がから熱気が立ち昇るから。
・光路が反復しながら筒内を通過するから。
しかしながら筒内気流は、筒先が閉じているシュミットカセグレンやマクストフ式でも問題になっているのが現実です。筒先の開放が原因だという論法にはだいぶ無理があります。
そして鏡が下にあるのが問題だというのも疑問です。レンズが上方にあってもそこから熱気は立ち昇りますし、光は更に上からやってきます。気流が筒の「中か外か」というのが問題になるのもおかしな話です。レンズの上方にだって空気はありますし、フードもあります。
これらの通説の中で、光路の反復の影響は確かにあります。しかし、根源的な筒内気流の原因を説明しているわけではありません。
残念なことに、これらの通説は実際に起きている事象を断片的に説明してはいるものの、腑に落ちない点が残されているのです。このため、筒内気流の通説には天動説に通じるものを感じざるを得ないのであります。
一般的には「主鏡の残留熱が原因」と解説される筒内気流ではありますが、個人的にはやや疑問です。もちろん主鏡の熱容量や外気温変化に伴う影響はあることに違いないのですが、それが全てだったら屈折望遠鏡でも筒内気流がもっと問題になってもおかしくはないはずです。
■ 筒内気流のメカニズム
そういうわけで、反射望遠鏡の筒内の様子を念写してみたのが下図です。図は、ある程度温度順応させた状態を想定したもので、鏡筒は金属で、主鏡セルはシースルーではなく塞がれている状態のものです。
結論だけを言ってしまうと、反射望遠鏡で筒内気流が問題になりやすい理由は「光路が鏡筒壁面に沿っているから」だと考えられます。
後述しますが、最も凶悪な「冷やされた鏡筒壁面」に沿って、最も解像力をもたらすはずの外周側の光路が長い距離にわたって邪魔をされているというのが、反射望遠鏡の弱点です。
反射望遠鏡の筒内気流の様子 (ある程度温度順応させたが多少主鏡に熱が残っている状態) |
これは「陽炎」と同じ現象ですが、この陽炎が一様ではなくゆらゆらと筒の中に入り乱れて生じると、より像質を悪化させます。
図に示した「ある程度温度順応が為された状態」では、気流を生じさせる元凶は鏡筒壁面です。鏡筒は、放射冷却によって結露を生じるほどの冷え方になります。20cmの鏡筒では100Wの桁の熱量で冷やされていますから、いくら待っても順応することはありません。当然鏡筒内部の空気も鏡筒壁面付近で冷やされて、ユラユラした下降気流を生じます。
なお、基本的に鏡筒よりも外気の方が温かいので、外気から鏡筒はわずかずつ温められています(この過程で結露する)。このため、鏡筒の下方からは上方に向かう気流が生じて、筒内の全体的な対流を形成しています。
そして一般に問題とされる主鏡ですが、もちろん鏡の温度が筒内の空気よりも高ければそこで空気は温められて上昇気流を生みます。温度順応が進んだ状態では主鏡からの熱の伝達量は限られていますし、主鏡による対流はごくゆっくりした層流になりますが、鏡筒壁面の付近では冷えた下降流とぶつかって揺らぎを生じながら筒内の対流を形成します。
こうした対流の過程で、鏡筒壁面付近では大きな密度差が生じており、鏡筒の軸中心付近では混合によって密度差が減っている状態になっているものと考えられます。
要するに、鏡筒壁面が像を悪化させる鬼門だということです。
反射望遠鏡では、光路がどうしてもこの鏡筒壁面に沿っていくので、影響が甚大なのです。しかも、その鏡筒に沿う部分こそが解像度や集光力のカナメなのですから、なおさらです。
もちろん屈折望遠鏡でもこのような鏡筒による筒内気流は生じているわけですが、光は屈折して壁から離れていくので影響を受けにくくなっているものと考えられます。
温度慣らしと銀シート巻きの効果(焦点外像) [2019.6の記事より再掲。概ね外気温18~20℃の日で、室温との差は7℃前後だったと思われます] |
写真は、昨年6月に撮影した温度順応過程の焦点外像ですが、主鏡の温度慣らし60分の効果よりもその後の銀シート巻きの効果の方が大きいことが分かります。また、鏡筒壁面への対策が、焦点外像の外形に効いていることもよく分かります。
このあたりの筒内気流の状態を念頭におきつつ、今年の火星を迎撃してみたいと思います。(2020年3月現在はまだ遠くにいる火星ですが、今のところ砂嵐は起きていない模様で、コントラストの高い模様が観察されているようです)
関連記事:
・衝撃!筒内気流除去の術
・口径と気流の話
・見えている気流の正体 - 気流の話①
コメント
何と素晴らしい理論なのでしょうか! これは自分が今まで何となく経験していた
①50㎝の鏡筒をボイド管の筒から開放のトラスにして惑星が良く見えるようになったと感じた
②タカハシのMT160のように口径に対して鏡筒が太いものでは、他社製の鏡筒が細いものより良く見える(コントラスト向上だけでなく)と感じた
③アボダイジングスクリーンで気流の影響が少なくなると感じていた
を全て説明できます。②は人に見せてもらったものなので、あんまり見比べたわけではないのですが、①③は自分の望遠鏡のことなのでおそらく勘違いではないです。
いやー、自分もこの理論を元にした、火星の迎撃態勢を構築していきたくなってきました!
やはり「太い鏡筒にはご利益がある」ということですね。
私も、写真のミザール15cmを選んだ時、じつはビクセンのと凄く迷って、ミザールの方が1cmくらい鏡筒が太くて、それを選んだのでした。
もちろん当時の自分には筒内気流の様子を念写する能力はありませんでしたが、観望会でどなたかが「太い鏡筒はいい」というお話をされていたのが頭の隅っこにあったのかもしれません。
アポダイジングマスクや絞りも、「気流が悪い時に効く」のは経験的に知られていて、謎でした。こちらは、廉価ミラーにありがちな最外周のターンアップ・ダウンの修正エラーを隠す意味でも意味がありますね。
私自身は、銀巻き鏡筒で、「好シーイング」に当たる頻度が上がったように感じています。その昔には見えたことのなかったような木星面の様子が、銀巻きした同じ鏡筒で良く見えるようになったからです。
そういうわけで、今年の火星に期待を寄せつつ、準備中デス!