逆襲のハイゲンス

惑星観察アイピースの究極系とも思われた「単レンズ+バーロー」でしたが、更にその先がありました。単レンズはハイゲンス式に正常進化し、様々な観点でよく見えるようになったというハイゲンスによる逆襲劇であります。
 今回は、究極とも思われた単レンズの「光軸への無慈悲な不寛容」をも克服した「パワー・ハイゲン」のご紹介とともに、なぜそういうことになるのか、「オルソやラムスデンではなくなぜハイゲンスなのか」という理屈にも迫ってみたいと思います。

■ パワー・ハイゲン

 具体的には、Zeiss の 16-H や 25-H と、TeleVueの POWERMATE 5xとの組み合わせが抜群に良かったのです(エコノミー感ゼロで申し訳ありません)。もはや崇拝するレベルです。

パワーメイトとツァイスのハイゲンス

パワーメイト+Zeiss ハイゲンスによる「パワー・ハイゲン
負の接眼鏡ならではの良さがありました。
(H.30mmは、単レンズ化して「パワー・MONO」の重要パーツになっていました)

 惑星面の見え方は、シーイングの良い日がめっきり少なくなった2021年の晩秋ですが、それでもこのパワーハイゲンが突出していました。そして木星や土星を導入する時も、薄明の315倍6分角の視野の中に微光星が見えているのが驚きです。ほぼ「極限等級=分解能」と言えるので、このアイピースの実力の高さが伺えます。

 更にこれをオリオン大星雲に向けてみると、トラペジウムのEF星が見えるのは当然のこととして、ABCD星の周囲を取り巻く回折環の第一・第二環の間隙がクッキリと見え、それより外側の回折環がクリアに消え失せて、そこから離れたところに独立して佇むE星F星が認められたのでした。シリウスBも同様に、低空にも関わらず回折環の光芒から離れた位置にその存在が見えます。いずれも、20cmではこれまでに見えたことのない光景です。

 「CZJ 16-H/25-H + パワーメイト」による「パワー・ハイゲン」は収差補正・ヌケの双方の観点でほぼパーフェクトとなり、恐るべき見え味を発揮したのでありました。かつてZeissの 4-Oで感じたキレ味にヌケが加わった感じです。さながら「斬鉄剣」の如くよく切れる高倍率アイピースとなり、対惑星・対重星の双方において、今後の私の基準はこれ一択になりそうな気配です。

※ちなみに、手元のHM12.5mm (Vixen、3Bも同様に試してみたのですが、上記16-Hと同じようには行きませんでした。研磨の程度によるとは思いますが、もう少し倍率が下がらないと駄目のようです)

■ 「ヌケの御託宣」と負の接眼鏡
 惑星用究極単レンズを試した後に得た「御託宣」は、図にあるような数式的な何かでした。この考え方によれば、ヌケを決める重要な要素に「ガラス面を通過する光束径」があり、光束径がゼロに近いところにガラス面があるとヌケを悪化させるというものでした。

レンズのヌケ
図:ヌケの御託宣の念写絵巻(※正しい保証はありません。理論でもありません。)
面荒れの代表寸法と数密度などの研磨やレンズ枚数のほか、ガラス面での光束径が効きそう


各種アイピースと光束(模式図)
 
 この御託宣によれば、レンズ枚数が少ないことや研磨がいいことはヌケにとって大切だということになります。そして「光束径」が大切な要素だということでもあり、つまり焦点位置である視野環とガラス面との位置関係がけっこう大事だということです。

 視野環とレンズが接近しているアイピースはヌケで不利なわけです。また、アイピースの最終段の光束は射出瞳径決まってしまうので、高倍率ほどヌケで不利にもなり、このことが「過剰倍率ではむしろボケる」という現象を作っていそうです。

 右図は各種アイピースのレンズ配置と光束の模式図です。各種アイピースの分解目視観察の結果などから作画してみました。 
 この図から、ピュアラムスデンよりもスペシャルラムスデンのほうがヌケがよいかということも説明がつきます。ピュアラムスデンは焦点面とレンズのガラス面を一致させていますから、ヌケは良くなりません。市販のラムスデンが全てピュアタイプよりもレンズ間隔を縮めてあるのは、おそらくピュアで作るとよく見えないことが経験的に分かっていたからだろうと思います。
 これに対してSRは、視野環(焦点位置)がレンズから離れているのです。つまり、ガラス面に入る光束径が大きいわけで、ヌケにとって有利な構成になっていたわけです。

 そして大事なことは、正の接眼レンズでは必ず「視野側の光束径<射出瞳径」になるということです。レンズの厚さや間隔はゼロではないですから、複雑な構成のレンズほど焦点位置はレンズ面に近づかざるを得ないのです。
 このため、視野環とレンズが接近しているアッベオルソは相対的に研磨が良くないとヌケが悪くなりやすく、高倍率バーローとの組み合わせとしては必ずしもベストチョイスにならないわけです。
 これとは逆の理由で、レンズが1群しかない3枚玉モノセントリックは入射光束が大きく取れて、ヌケがよいというわけです。これの長焦点版の、例えば宝石鑑定用のシュタインハイル・ルーペとバーローの組み合わせなども良好な結果が得られる可能性が高いです。

 そして負の接眼レンズでは視野側レンズの光束径を大きく取れるわけで、ヌケの観点では圧倒的に有利と思われます。パワーメイトへの組み合わせるアイピースとして、ハイゲンスが選択されたのはこのためです。
 ハイゲンスはF値が小さく入射光束の角度(頂角)が大きいと収差が目立ってきますが、大きなF値に対しては収差はさほど目立ちません。このためバーローレンズとの組み合わせで、収差という弱点を克服できるわけです。収差が大きいと行っても単レンズの比ではなく収差は少ないのです。
 そういうわけで、バーローとハイゲンスによる収差補正、大きな光束によるヌケの良さ、そしてツァイスの研磨の良さを組み合わせた「パワーハイゲン」に無双の良さが現れたものと思っています。

■ 余談:大衆望遠鏡におけるハイゲンス
 さて、こうなってくると「良いハイゲンス探し」をしたくなるのが人情というものです。しかしながら、調べてみるとハイゲンス系接眼レンズは日本だけのローカルブームだったようで、海外には Zeiss を除くとミードのHM9mmが一種類あるだけのようです。
 また、超廉価「中華H」はあるものの、「Hと書いてあっても正のラムスデン」だったりするようです。どうやら中華思想では「2枚玉≒HまたはSR」、「3枚玉≒K」、「それ以上≒PL」と表記する慣習があるようです。

 翻って日本を見ると、五藤、ニコンなどは率先してハイゲンス系を推してきた歴史があり、ほとんどの望遠鏡メーカーから H、HM、MHが供給され、一部ではアクロマートハイゲンスAHまでラインナップされていました。AHはツァイスにもラインナップがある由緒正しい方式ですが、日本でも1980年代には数社から供給があったものです。そしてミザールAH-40mmは、私が初めて単品で注文した記念スべきアイピースでもあります(当時10歳で、デパートの眼鏡売場で注文しました)。ちなみに、パノップ光学にはAH-20mmがラインナップされていましたが、現物を拝んだことはありません。

 このように、一時は日本の市場を席巻していたハイゲンスですので、現在も中古品の入手は比較的容易です。顕微鏡用としても数多くラインナップがあり、ハイゲンスの逆襲劇があるのかもしれず、世界一のラムスデン派を自負する当ブログにおいても注目せざるを得ないのでありました。


にほんブログ村 科学ブログ 天文学・天体観測・宇宙科学へ

コメント

Unknown さんの投稿…
HM6mmと12.5mm持っています、昔当たり前のようについていたやつです。
大事にせねば。
Lambda さんの投稿…
コメントありがとうございます!

ミッテンゼー・ハイゲンスは、昔よく望遠鏡に付属してましたね。
低級品扱いされたりすることもありましたが、なかなかどうして見どころあるなと思っています。