「モノの価格」と望遠鏡業界と

望遠鏡やその周辺機器の価格は、安いものから高いものまでそれこそピンキリです。もちろん高いものには良いものが多いと思う一方で、安くても良いものがあるのは当ブログでも紹介してきたところです。昔では考えられないような性能のものが安価に手に入る、いい時代になったものだと思います。

 その逆に、価格が安いだけで粗悪品だったり、それなりの値段を払ってもイマイチだったり、高価なプライスタグほどの意味があるのかどうかが疑問な製品もあったりします。特に入門用望遠鏡Amazonあたりで眺めていると、状況は昭和の望遠鏡御三家の時代から30年一日のごとく変わっていないのではないかという錯覚に陥ったりもします(御三家についてはこちらに詳しいです。ただし、中には抜群な物も埋もれていたりはしました)。

 今回は、「モノの価格」というお題を考察しつつ、公開情報ベースでまとめた「望遠鏡」という市場について考えてみました。

世界の望遠鏡市場予測(公開情報より)

■ モノの価格とは?
 物価というものを理解するのは簡単ではない気がしますが、立ち返るべき原理原則は、
モノの価格は、"全て"人件費だ
ということではないかと思っています。
「そんなのウソだ!分かってない!材料費だって水道代だってかかるじゃないか!」
と、思われるかもしれませんが、材料費と言ったってお金が材料に化けるわけはありませんし、水道代と言っても水がお金を流してどこかにやってしまうわけではありません。全てはそれを提供する人たちの手に給料として渡るお金です。お金は電気や鉄に化けたりしませんし、エネルギーを生むわけでもありません。ましてやFPL53ガラスに変身することもなく、必ず人に渡るしか行き先が無いのです。

 このことはかつて「資本論(Das Kapital)」なる著述の中でマルクスが述べたことのようです。資本論はそのあと「価格は労働時間と可換(であるべき)だ」というある種の原理主義にのめり込んでしまってトラバントなどを生んだ社会実験大失敗のトラウマが想起されがちですが、「モノの価格=誰かの給料」の原則については真理を突いていたのではないかと思います。(時代的には、ちょうどザイデルが収差の理論をまとめたり、ツァイス社のアッベが活躍した頃の話です。)

 なぜこんな話を最初にしたかというと、この原理を少し変形すると、
モノの総売上=従事した人の総給料
Nは機種i が売れた個数、kは jさんの従事率
 
ということになって、いろいろな考察で立ち返るべき原則になりそうだから、です。

 モノの価格というのは売れた数にかなり依存するということで、つまり同じ品質や性能でも「売れないものは高く、売れるものは安く」なるわけです。必ずしも良い=高いではないことを示しています。
 この原理は逃れられない保存則のようなもので、逆にうまく利用すればパラダイムシフトを起こすこともしばしばあります。
 これを体現したヘンリー・フォードによる自動車の大量生産では、当時極めて高価だった自動車が庶民の手に届くものになったことは有名な話です。

 こう考えると、かの300円のスゴ物アイピースSR-4mmは「ずいぶん数が出るんだろうなあ」とも思うわけです。

■ 望遠鏡業界って
 さて、望遠鏡業界に目を向けてみたいと思います。市場調査の無料ダイジェスト(こちらこちら, 2019)によれば、世界の総売上は160億~190億円の市場で、CAGR(年成長率)は2.1~8.6%とのことで、小さいニッチ市場ながら先進国の経済成長よりは伸びる予測になっています。
 必ずしも斜陽産業とか成熟しきった産業というわけでもないということのようです。

 市場調査ダイジェストを読み進めてメーカー別でみるとSkywatcher社(Syntaと記載=南通シュミット社、Skywatcher/Celestron/Meadeブランド)が市場の6割を握っているとあります。
 こう考えると、かのSkywatcher社の元締めといえども年100億円規模の中小企業だったというわけでもありますし、日本国内のメーカーの規模を考えるとその経営の難しさは察するに余りあるものがあります。

 そして市場を占めているのはいわゆる入門機であって、天文台に納入される機材やマニアが使う高級機材ではないということも、よく認識しておかなきゃいけないことです。
(レポートでは、望遠鏡を「プロ用」「中級」「入門用」と三分類したときに、市場の90%は入門用で占められているとしています。)

■ 価格はコストの積み上げか?
 個々の企業として高性能・高品質を求めたり、ブランド価値を高めたりと、様々な方向性があることを私は全く否定しません。また、伝統工芸のような芸術の域に達した製品に宿っている「魂」も、私は好きです。
 あるいは技術や各種の工夫によってコストを低減しつつ、絶妙な値付けが為されている製品にも、同じように「魂」を感じるわけで、ここにも敬意を表さずにはいられません。それは必ずしも製品の技術だけではなく、生産地や世界での販売も含めての工夫に対しても同様です。

 こうした製品に宿る「魂」こそが、先の式の「売れる数」や「価格」を押し上げる理由を我々ユーザーに感じさせてくれるものだではないかと思うのです。これが「いい時代になった」と感じさせてくれる源泉で、それは決して人件費が安い地域で生産するようになった、という単純なことだけではないように思います。

 その逆に、工夫もなく手抜きされた製品や、単にコストを積み上げただけの工夫のない値付けに感じるものはなく、したがって購買意欲も起きないというものです。同じ人数をかけて作ったからと言って、それは性能や品質を担保してはくれません。

 価格には、コストの積み上げという側面と、ユーザーが認定する価値という側面の二つがあるわけです。いちユーザーとしてはメーカーの台所事情など知ったことではなく、買うかどうかはその製品に納得するだけの価値(性能、信頼性、満足感、価格)があるかどうかということに尽きるわけです。

■ 業界全体に言えること
 さて、市場レポートに再び話を戻すと、望遠鏡市場のCAGR(年成長率)は8.6%の可能性ありということですから、運よくその予測通りに市場が伸びたとすると、冒頭に示したグラフのように2024年までにナントSkywatcher社の総売上と同額くらい(100億円)の市場が生まれる勘定になります。
 このように市場が伸びてくれれば、より良い品質の望遠鏡が安価に供給できるようになり、業界の人も潤い、我々にとってもメリットの大きいことは言うまでもありません。
 これが低い側の予想2.1%にとどまると、5年でわずか20億円しか伸びないということになって、その差は5倍にも及びます。

 しかもそのうちの90%は入門機だというのですから、業界全体としてはココに力を入れて製品の「数」を稼ぐことが重要なことは明白です。
そうやって収益基盤を確保したうえで、より多くの従事者に良い給料を払えるようにすることがより良い望遠鏡の供給にとって大切ですし、ユーザーにとっても良い品質のものをより低価格で手にできるようになるというものです。

 ですから、入門層を取り込むような望遠鏡がとても重要だと認識するわけなのです。

 こうしてみると、粗悪性能の激安望遠鏡の跋扈は市場の成長を妨げる忌むべき存在です。こうしたものが望遠鏡全体に従事できる人やその給料を増えにくくし、つまり品質が上がらず、また望遠鏡向けの材料の価格抑制をも妨げる存在です。決して「買わなければいい」という類のものではないと思うのです。

■ 「超」入門機に目を向けてみると
 思い返してみると、かの御三家の時代から、いやそれ以前から入門用望遠鏡へのトライは幾度となく行われてきました。
 昨今の日本では、スコープテック社の取り組みや、国立天文台の「君もガリレオプロジェクト」など、良く見える望遠鏡を入門者に届ける取り組みがありました。コルキット星の手帖社の望遠鏡など、長年にわたって取り組まれてきたものもあります。

 しかし、これらが粗悪望遠鏡を駆逐できているかと言うと、残念なことに微妙なものがあります。

 全くの私見ですが、エッセンスとして次の3点が必要なんじゃないか、などと思っております。

 (1) デザイン。
  粗悪望遠鏡は、どういうわけか良く見えそうな風体なのです。何かどこか理科の実験器具を思わせるようなデザイン要素があるようで、入門望遠鏡はこういう誘惑要素を身につける必要があるんじゃないかと思います。パッケージも、ですね。

 (2) 架台と三脚。
  入門望遠鏡の取り組みは、やはり光学系に多くの努力が注がれているように思います。安いカメラ三脚では天体観測には苦しいのは明白で、巷のマニア向け架台と勝負できるような激安軽量フリーストップ架台&三脚の降臨を望みたいところです。ツボさえ押さえれば不可能ではないとも思います。

 (3) 良質のマニュアル。
  一部のメーカーではクリアできていると思いますが、マニュアルやガイドブックはとても大切です。望遠鏡はオマケでガイドブックを売る、くらいの意気込みで市場拡大に切り込んでいって欲しいものだと切に願うところです。

 こうした「超」入門グレードの望遠鏡は、マニアにとっては面白くもない製品だとは思います。ですが、前述のようにそこでの売り上げや市場の広がりがマニア向け製品の価格や品質に与える影響を考えると、無視できないんだよなあ、と思うわけであります。

 そして当ブログでも何度も指摘しているように、望遠鏡を寸法とか設計スペックではない実測の実力で示していき、自然と粗悪望遠鏡が跳梁できる隙間を埋めたらいいのではないか、とも思う次第です。


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コメント

匿名 さんのコメント…
こんばんは。

売り上げの90%が入門用ですか。アポ屈折が3~4割だと思ってました。
(単価的に)

シベットさんが自作したような5センチF15ハーシェルニュートンを大量生産
するのはどうでしょう。光軸は調整済み固定。

架台は、極安望遠鏡の?な赤道儀の極軸変更のところを無くして垂直にした
T型経緯台(フリーストップ&全周微動)。12センチF5中華アクロまで
載るようですから。これなら安定した架台が低コストで作れるかも。

これで1万~2万にならないですかね。

あと、8~10センチF5アクロ。対物キャップに53~66ミリの絞り穴付。
(中華アクロF5はF7.5に絞ると劇的に色収差が改善します
でも解像度はあまり落ちないようです。不思議ですけど。複数の報告あり)
架台は上と同じ。絞った高倍率惑星とフル開口の低倍星野。万能的に使える。

(10センチはもうすでにNEWスカイエクスプローラー SE102 がありますけど。)

これで3~5万。

ベテランも初心者も、望遠鏡は軽くて短いのが使いやすいのです。
(?な望遠鏡もそこを押さえています。)
ミザールとかの7センチF10も軽くて短いけど、口径が小さい・・・

6センチF15もシャープだけど、口径が小さいのに長くてちょっと嫌。
(自分も持ってますがあまり使いたくないです)口径も最低8センチは欲しい。
5センチでビックリするほど良く見えるアクロもあるようですが、惑星だけ。
星雲星団には口径が小さすぎます。

あとは、望遠鏡が欲しくなるプロモーション活動???
箱絵も大事ですよね。妄想が膨らみます。
そこは粗悪望遠鏡の売り方に素直に学ぶべきかも。(うそ・過大表現は無しで)

以上ポエムな妄想でした。(笑)
Lambda さんの投稿…
こんばんは、いつもコメントありがとうございます!

入門用望遠鏡が9割というのもちょっと驚きですが、
「超」入門用望遠鏡の価格としては MAX1万円、できれば5千円が望まれているというのもまたなかなかハードルが高いです(国立天文台のプロジェクトでの調査)。

シベットさんのハーシェルニュートンや、各種屈折望遠鏡もとても魅力的です。
特に大口径アクロは覗いたこともないので、興味があって、私もそういうので楽しみたいです!

なのですが、1万円とか5千円とかの縛りは厳しくて、筒は5cmとか6cmのアクロマートになるしかないのだろうと思います(小口径反射も面白いんですけどね)。

カタチは・・・粗悪望遠鏡のアレがたぶんイイのだと思います。
初心者を誘う何かがあるんでしょうね。
箱の絵も意外と大事なんだと思います。

あと問題は架台で、売価2000円くらいでスムース&剛なフリーストップマウントを切望したいところです。
HIROPON さんの投稿…
こちらでは「はじめまして」ですね。

挙げられた要素の中で、(3)は意外と需要なんじゃないかと思っています。というのも、月を見て土星を見て……で、そこで終わってしまう人、さらには、そもそも天体望遠鏡で何をしたらいいのか分からず物置直行、という人も少なからず目にしていますので……。

中華系の弱いのはまさにこのあたりのフォローだと思うので、国内メーカーにはぜひとも注力してほしいものだと思います。

もっとも、現サイトロンの中川氏と話したときに「そもそも『光学系をいかに空に向けさせるか』が課題」という話題も出ましたので、我々マニアが思っている以上に、夜空へのアプローチの仕方が知られていないということかもしれません。かなり原点に立ち返る必要がありそうですね。
Lambda さんの投稿…
HIROPON さん、こちらへのコメント、ありがとうございます!

ご指摘のように、「どう空に向かってもらうか」は非常に大きな課題かもしれませんね。

夜空へのアプローチの仕方、本当に原点に立ち返って考える必要がありそうです。

それこそ、マニアではなく母親や子供たち本人から生の声を聞いたり、デザイナーや漫画家などの意見を聞くくらいでないとダメなのかもしれません。

こうしたマニュアルなどの「ソフトウェア」は、まだ日本に一日の長があるところと思いますし、頑張りどころだと思います。