20世紀後半から世紀末にかけては、科学の力によって世の中が大きく変わっていくさなか、科学の礎とも言える天文ジャンルも大いに賑わった時代でありました。この時代にはスマホはおろかインターネットもなく趣味も限定されがちで、街を歩くとラジカセとウォークマンとフィルムカメラが山ほど展示され、どこに行っても写真DPE(現像店)の看板が出ていたような時代でした。スポーツ以外の趣味といえば、そのくらいしか無かったような時代でもあります。
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| MIZAR望遠鏡の段ボール箱に印刷されたロゴ |
昭和の天体望遠鏡はハイソな趣味の道具の一つとして別格の存在でした。ラジカセのようにたくさん売れるものではありませんでしたが、デパートでは貴金属や眼鏡売り場にも置かれている高価な商品でした。当時を思い出すと、私の周囲ではミザールやアストロが貴金属や眼鏡売り場、ビクセンがカメラ売り場、カートンが洒落たメガネ売り場に置かれ、高橋・ニコン・ペンタックスは望遠鏡専門店に行かないと置かれていない雑誌の中の存在だったという記憶です。
そして「望遠鏡御三家(怪しげ系)」が天文少年少女の注目を集めたのもこの時代でした。決してデパートやカメラ屋といった全国の販売網には現れず、専門店にも現物はなく、天文ガイド誌の広告の中で異彩を放ったダウエル・スリービーチ・パノップは、この令和の世にも語り継がれる伝説となっています。
この「近代古スコ考古学」は、そんな時代の望遠鏡、特に昭和の天文少年少女の心に刻まれた望遠鏡たちの取り留めのないエピソードについて、記憶を風化させないよう語り部と聞き手が健在のうちに蘊蓄とともに記す備忘録です。
※!注意!この記事シリーズの知識は基本的に何の役にも立ちません。また、次回記事があるかどうかも分かりません。
今回は、「ミザールのロゴ」、「パノップの型番」に注目です。
■ ミザール望遠鏡のロゴのナゾ
ライジングサン風のミザールのロゴは昔から謎でしたが、「"日"に"の"」であろうとの結論に達しました。ミザールブランドは、かつて「日野金属産業株式会社」であったわけで、そこのちなんで太陽の意匠の中にひらがなの「の」を配置し、MIZARの文字をあしらったロゴマークなのだろう、ということです。
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| MIZAR のロゴマーク |
一方で、このロゴマークは取扱説明書やカタログなどによく登場していたもので、製品に刻印されていたこともありました。また、望遠鏡の段ボール箱にも、鮮やかな赤でこのマークが入っていたのでありました。
同社は、1987年にエイコーと経営統合して「株式会社ミザール」となり、現在は「株式会社ミザールテック」となっています。
65周年記念誌には、曰く「夜空に輝く無数の星々にも、それぞれにそれぞれの物語があり、そしてロマンがあります。このロマンを一人でも多くの方々に知っていただきたいという思いを込め、ミザールは誕生したのです。」とあります。
このロゴマークにも、きっと物語があったと思いますし、往時には国内天体望遠鏡市場の55%を席巻したというミザールの望遠鏡で眺めた人たちにも、いろいろと物語があったことと思います。
■ パノップ光学の型番のナゾ
「パノップ光学」は、1975年に突如として「60か国余30年の輸出実績!」「マニアの心をとらえる大口径反射望遠鏡」との広告を掲げて現れ、天文雑誌の広告で異彩を放っていた望遠鏡御三家(怪しげ系)の一角です。老舗のダウエル、スリービーチからすると新しいブランドでした。
20cm反射経緯台の FYT-200 は、当時の「大口径反射」を体現するフラッグシップモデルで、私も何度も購入を夢見た望遠鏡でした(でも結局買わなかった)。
(パノップ光学については、ガラクマ氏曇天の集いのこちらやこちらに関連記事があります)
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| パノップ大口径反射 の謎過ぎた型番設定 *天文ガイド1983年12月号広告より |
謎は型番です。反射経緯台の型式・型番を見ると、大変不思議でした。12cmがFYT-220、13cmがFYT-230、15cmはFYT-250と順調に偉そうになっていくのに、フラッグシップの20cmはFYT-200と数字が落ちるのです。なお、11.4cmはFYT-114、7.6cmはFYT-76となっています。
規則性がありそうで無いように見えたこの型番の付け方は、当時の科学力では解明不可能と考えられていました。誤植の放置とすら思っていました。
当記事では、独自の調査と技術進歩により、この型番の真実に多少なりとも近づくことが出来、決して誤植ではなかったことを示したいと思います。
まず、古いパノップの広告を調べていくと、型番には(多少の)規則性があることが分かりました。まず、屈経はFT、屈赤はFYという規則です。番号は機種シリアルだったようで、仕様にちなんだものではありませんでした。口径や焦点距離や微動の有無や方式などが違うと新たな機種シリアル番号が振られていたようです。
この規則は、反射望遠鏡に対しては「反経・反赤共にFYT」に統一されており、この統一が混迷を深める結果につながっています。FYTの番号は50番から採番されて途中まで機種シリアル的だった*のに対し、途中から口径を冠した反射赤道儀 FYT-120、FYT-150が登場するのでした。
(*FYT-53がD11.4cm/FL600、FYT-54が同FL900、FYT-57が同FL1200mmです。写真は全て同じ長さです。)
広告的には反射赤道儀の方が先に登場しており、のちに反射経緯台が登場したときに 型式がFYTに統一されたがために「型番に100を足す」ということが行われたのでした。 すなわち、12cmがFYT-220、15cmがFYT-250というインフレ上げ底番号なったのでした。
そこで気になるのが FYT-200です。なぜ FYT-300ではないのかというと、20cm反赤がラインナップされていなかったから、でした。要するに20cmが載る蚊トンボ赤道儀は無かったのです。この結果として、まだ使用されていなかった「FYT-200」という番号が経緯台シリーズに振られたのでした。
20cmがFYT-200な理由は上述の通りですが、同様に11.4cm反経もFYT-114となっています。こちらの反赤にはシリアル機種番 FYT-53~57がつけられていましたので、反経にFYT-114がナンバリングできたた、というわけです。
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| パノップ蚊トンボ赤道儀のラインナップ (20cm用の価格に注目です) *天文ガイド 1980年1月号広告より |
なお、カタログを見ると、1980年代のパノップ流の型式命名は次のようになっているようです。
屈経:FY、 屈赤:FT
反射望遠鏡:FYT、 カセグレン:KFT
マクストフニュートン:(型式なし)
シュミットニュートン:CRT
ミザール赤道儀仕様:SRT
イマイチ規則性に欠ける型式の命名でしたが、現在の中古市場では FYT 以外ほぼお目にかかることができません。マクストフニュートンに至っては型式すらなく価格も不明ですので、本当に売られていたのかどうか疑念を生じるのも致し方ありません。
時代が進んで1990年代に入ると、型式・型番はさらに混迷を極めます。無骨な1970年代テイストながら20cm反射を乗せられるLTD-G型経緯台や、ミザールとは異なるSRTシリーズ用架台「PA-01」「PA-03」が投入され、セット品の型番はひどいことになっています。
なんと、13cmFL1000反赤(PA-01仕様)がFYT-13DXで、FL1200の反赤はFYT-61DXです。このほか、伝統のフォーク式経緯台シリーズも、「焦点距離違い品は1を足す」という新ルールが登場していて、FYT-115とかFYT-201とかが存在している点にも注目です。
なお、LTD-GII 200DX は、FYT-200/FYT-201 を凌ぐフラッグシップとなっています。この LTD-G/GII 経緯台もかなり高額なギヤむき出し経緯台となっており、攻めています。ググっても全く現物の写真にでくわしません。
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| パノップ光学最後の広告:「社屋改築につき」とありますが、これが最期となったようです。 ガラクマ氏の古スコ広場に掲載の天文ガイド1992年5月号広告より |
なお、型式と型番の間は天文ガイドの広告では「ー(ハイフン)」ですが、カタログを見ると「=」であったり「(空白)」であったりするようです。「FYT=230」とか「FYT 220」といった具合です。この表記の規則性有無については、残念ながら21世紀の科学レベルでは解明が困難であると結論せざるを得ません。
その昔、天文学者達が「天体は円運動をしている」と信じていたのに対してケプラーが「楕円運動」を取り入れたようなパラダイム革新がない限り、我々の科学力では説明がつかない事象ばかりです。より発展した未来人の先進科学による謎解き、あるいはAIによる生成を待つしかありません。
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いかがでしたでしょう?
この知識が実用に供せられる日は未来永劫来ないと断言しておきますが、心のつかえが取れた方が1ppmでもおられれば、と、心よりお祈り申し上げます。
※なぜか 4/1 が近づくと御三家記事を書きたい衝動に駆られるのですが、この記事には嘘偽りがないようにしているつもりです。





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