太陽望遠鏡とそのケア (Coronado P.S.T編)

 この2024年、第25活動周期の太陽は大変活発で、5月の連休には日本各地で低緯度オーロラが観測されるほどでした。日本での低緯度オーロラは、藤原定家の明月記に記録が残されていたりもしますが、これだけ各地で目撃されるケースというのは大変稀なことではなかったかと思います。

 そんな今シーズン、円安*で輸入品の価格が高騰する中、某ショップの5月の値上げ対象リストに太陽望遠鏡の入門機「Coronado P.S.T.」が挙げられており、しかも在庫処分のプライスタグを見せられて【いま買わずして、いつ買うのだ!】という心の声が聞こえてしまって、朝起きたら「ご注文ありがとうございます」とのメールを受け取っていたのでした。
 活発でない時期の太陽は黒点も何もなくて寂しいことが多いのです。
 (※この2024.4の北米皆既日食の影響で太陽ブームが起きたこともあり、2024.5を挟んでPSTは値上がりし、日本での販売価格が高騰してしまっています。)
*為替は、2024.6現在 1$=157円前後にまでなっています。

コロナドPSTで撮影した太陽(眼視ではもっとプロミネンスの仔細が見えます)
太陽は「身近にある活発な恒星」で、見どころ満載の対象です
Data: Coronado P.S.T.(4cm F10), Barlow 2x, ASI178MC
2024.6.14 11:53JST, Gain 0, Exp. 4.5ms,stacked 1700frames 

 今回は、そんな太陽望遠鏡入門機の コロナドPSTの理解のために調べてみたことの備忘録とともに、その弱点、および懸念点とされる「経年劣化」の問題や回避のための運用法についても書いてみたいと思います。
 「お高い消耗品」とも言われる太陽望遠鏡を、大事に使っていきたいものです。

■ Coronado P.S.T.
 Coronado P.S.T. は、コロナド社を創設した米国アリゾナ州Tucsonの David Lunt 氏が工夫を凝らして廉価に実現した、わずか$500の "Personal Solar Telescope"でした (Sky&Telescope誌の関連記事)。1997年に設立されたコロナド社は、このP.S.T.で一躍アマチュア向け太陽望遠鏡メーカーとして有名になりますが、生産量拡大のために 2004年にミード社に売却され、現在に至ります。 なお、同じく太陽望遠鏡メーカーの Lunt Solar Systems社は、David氏のご子息によって設立された会社です。また、David氏はコロナド社を売却した翌年の2005年に、ご病気で他界しています。

 P.S.T. は口径40mm F10 の小型屈折望遠鏡に、心臓部の超狭帯域櫛形透過特性フィルター「エタロン」と、いくつかの透過域限定フィルターとを内蔵して水素の輝線であるHα域に限定して光を透過するようにした、太陽専用望遠鏡です。 

 太陽光は、コーティングされた対物レンズの後方に置かれた心臓部のエタロンを通過して、太陽光からのエネルギーを遮断するフィルター(ITF/ERF)を通過し、その透過光のうちHαだけを通過させる狭帯域バンドパスフィルター(BF)を通ることで、1Å以下の超狭帯域の光だけが透過するように。この機能を、合焦機構付きのプリズムボックスとその周辺に詰め込んだのが P.S.T. です。

晴天にコロナドPSTの金色鏡筒が映えます

 P.S.T. の構成は、ざっくりと対物レンズから順番に次のように構成されているようです。(私は未だ分解していません。下記は各種サイトからの収集情報を要約した備忘録になっています。)
 太陽関係のフィルター類の名称や用語は、一般用語と商品名とが混在して用いられているようでややこしいので、ネット情報を当たる際にはどの意でその用語を用ているのかをよく注意して見極めながら読み解く必要があります。名前が似ているという程度の理由で換装するのは絶対に行ってはいけません。

 ・対物レンズ:40mm F10。太陽光線の一部をコーティングで反射しているようですが、特性は不明(反射光が青く見える)です。
 ・エタロン:ファブリ・ペロー共振器によって、Åオーダーの超狭帯域の透過域を無数にサイクリックに(櫛形に)持つフィルターです。PSTでは、対物レンズで絞られた光束をリレーレンズ系で平行光にしてエタロンに入射させています。透過波長は調整ダイヤルによって微調整できます(エタロンを保持しているゴム・Oリングの押圧を変化させているようです)。
 ・プリズム:PSTではペンタプリズムが採用されていて、裏像ではなく倒立像が得られます。そして、PSTではこれが可動式の合焦機構となっています。太陽望遠鏡によっては、これに相当する部分でもエネルギーの遮断を行っているようですが、PSTでは不明です。
 ・ERF(Energy Rejection Filter):紫外、可視光、赤外光のエネルギーを遮断しますが、ERFの特性はメーカーによって考え方も特性も異なるようです。他のフィルターやレンズコーティングとの組み合わせで、遠赤外まで含めてトータルのエネルギ減衰を設計するようです。PSTでは、ITF(Induced Transmission Filter;誘電体膜式干渉フィルター)が用いられており、劣化するのはこの部品のようです。
  "ERF"という商品名のフィルターもあるようですが、各社の特性が同じである保証はどこにもなく、特に眼視用途では安易な換装は絶対にいけません
 ・BF(Blocking Filter):Hα近傍の狭帯域(1~数nm程度)フィルターをブロッキングフィルターと称するようです。PSTでは、開口5mm径のBFがアイピースの直前にセットされています。対物側の面がコーティングされて干渉フィルター的になっている赤いガラスのキューブです。
 *コロナド社は、ITFやミラーとセットになったユニットを「BF」と称して商品名にしており、サイズによってBF5/15/30があります。

[参考サイト]
Coronado PST eyepiece holder disassembly (james氏)
Coronado PST Mod Etalon Assembly Disassembly (marktownleyful氏)
Coronado BF15 spectrographic testing. (Merlin66氏 @
Solarchat! forum)
・ほしぞloveログ (Sam氏)
  P.S.T. (その3): 簡易分解
  P.S.T. (その4): 簡易改造、カメラでの合焦を目指す
  P.S.T. (その7): 最終分解、とうとうエタロンに到達
  PSTのエタロン観察と2台目PSTの始動
非推奨! P.S.T.の分解 (シベット氏)
PSTを分解しまくるの巻 (ykwk氏)

■ P.S.T.での撮影
 コロナドPSTは、眼視で太陽を楽しむためにいろいろなところが割り切られています。アイピーススリーブが繊維強化プラスチックだったり、といったところまでコストが削られています(スリーブ側を傷つけないためにプラスチックの固定ねじが付属しています)。
 このため、写真撮影には基本的に向いていません。特に、そのままではCMOSカメラのセンサ面に焦点が合わないのが最大の泣き所です。また、樹脂製接眼部に重量のある撮影系を搭載するのも、強度面から不安が残ります。
 しかし、やはり太陽を写真にも収めてみたくなるのが人情というものでもあるわけです。眼視で見えてるほどに写すのはなかなか大変ですが、
スマホコリメートによる作例
(Pixel4a)

 改造無しで対処する作戦としては、下記の3通りがあります。

スマホコリメートで対応する
 昨今のスマホの性能は良いので、コリメートで写してしまうのが手っ取り早いです。MAKSY、NEWTONYに付属してくる PHOTOアイピースとスマホ取付板の組み合わせもなかなか悪くありません。
 PSTは眼視でかなり楽しめるので、新しい高性能スマホならかなり良く写るのではないかと思います。(手持ちの旧式スマホでは苦しかったのですが)

P.S.T. + AZ-GTi + CMOS の例
CMOSカメラの先にバーローをねじ込む
 バーローレンズには焦点の位置を遠くに持っていく効果がありますから、これを利用するとピントが合う場合があります。このページの写真も、セレストロンの2xバーローをねじ込んで撮影しています。画角が狭まってしまうのが難点ですが、PSTのリレーレンズ式エタロンでは太陽面全体を良い状態にはできませんので、このくらいでも良いのかも知れません。(※KASAIの1.6xバーローも試してみたのですが、残念ながらそのままではピントが出ませんでした。)

③ 小さいCMOSセンサーを奥まで挿し込む
 ガイドカメラのような形をしたセンサーであれば奥まで挿しこめますから、センサ位置を焦点面にまで押し込むことができるようです。

CMOSセンサーで撮影する場合には、②③いずれにしても、CMOSセンサーでピント出しした状態でアイピースでもピントが出るように、バレルに印を付けるか位置決め用リングを取り付けておくかしておくと便利だと思います。

※なお、撮影時には追尾が必要ですが、AZ-GTiならば「ポイント&トラック」がアライメントも不要で追尾できて大変便利です。撮影中に何度か押しながらやると、結構追尾できます。
ご参考: 「ポイント&トラック、昼間のノースターアライメント

■大敵の「湿気」と防衛作戦
 太陽望遠鏡を構成するフィルターのうち、有害な光線カットを主目的としたITFが、湿気や紫外線で劣化すると報告されています。このことが、太陽望遠鏡を半ば消耗品のようにしてしまっている現実があります。
(LUNT社のものはコーティングによって対策がなされたようです。また、交換部品としてBG(ブルーグラス)も供給されています。)
 特に湿気は問題なようで、これを防ぐことが太陽望遠鏡の寿命を伸ばすことに繋がりそうです。

 私は、夢で見たお告げに従い、運用時に次の点に注意することにしています。(※あくまでもお告げですので、効果の程は"?"です。)

ウォームアップ
 室内より暑い外に持ち出した後には、"ウォームアップ"として2、3分待ってからアイピースキャップを開けるようにしています。外気より冷たいBFがいきなり結露して、水分が毛管現象でITF側に回るのは避けたいという思いから出たおまじないです。(やらなくても、ほとんどの場合では問題になることはないと思われます。)

日没後や曇天後に放置しない
 フィルター類が収まっている鏡胴や鏡筒内の空気は、温度上昇時には膨張して「出ていく」方向なので問題は少なさそうですが、問題は温度下降時です。温度が下がる過程では、確実に湿った生暖かい空気を鏡胴内に吸い込むことになります。曇天に変わった後や日没後など、湿気の多い外気に曝しながらのクールダウンは避けたいところです。
 劣化の起点の多くは、このプロセスではないかと睨んでいます。

撤収後は涼しい部屋で乾燥剤と共に
 冷たい空気はそれだけで乾燥しています。そこに、乾燥剤とともに望遠鏡を置いてクールダウンすることで、乾燥した空気を鏡胴に「呼吸」させます。蒸し暑い夏などは、冷房を効かせた部屋でクールダウンさせることで、鏡胴内の絶対湿度を下げるのも良さそうです。

秋には必ず乾燥ケア
 気温が下がっていく秋口から晩秋にかけての季節が、劣化を進展させる鬼門です。この気温低下時期には、乾燥剤の再生とともに、一度はエアコン(灯油ヒーター類ではなく)で温めて内部の湿気を含む気体をいささかでも追い出した後、乾燥した冷気を吸わせて「鏡胴を秋冬モード」にしておくことが肝要かと思います。
 外気温10℃の空気なら、たとえ湿度40%であっても、それは20℃20%に相当する乾燥具合ですから、鏡胴内の絶対質度を下げ、内部結露に対するマージンを確保するのには有効です。(おそらく劣化の多くは夏に仕込まれ、冬場に進行するのではないかと思われます)

 とにかく、「暖かく湿った空気を吸い込んで」「そのまま夜になって冷える」と、内部で結露する可能性が増します。また、季節の変わり目などで気温が下がっていくと、思ってもないところで水分が結露しますので、気をつけたいところです。
 鏡胴内に入ってしまった湿気を追い出すには、一度温度を上げ、冷たく乾燥した空気を吸わせるのが有効と思われますから、毎回は不要にしても、秋口などには一度湿気を追い出して保管しておきたいものです。

【お告げの背景】
 劣化するのは ITF とのことで、その劣化の具合を画像で見ると要するに誘電体膜の金属が腐食するということのようですから、つまるところの対策はイオン化させる元凶の水を作らない、つまり結露防止に尽きます
 内部で結露するイメージというのはなかなかつきにくいのですが、カビが生えた光学系を見掛けることからも分かるように、案外、鏡筒内部では人知れず結露していたりするもので、キャップして仕舞ってあるから見えていないというだけのことです。
 例えば「気温25℃で湿度80%」などという日は珍しくありませんが、この外気を吸い込んだまま温度が20℃以下に下がると、必ずどこかが結露しています。ですから、「生暖かくて湿った外気」を鏡胴内に入ったままにしておくのは危険なのです。特に秋などは空気自体は乾燥しているので油断しがちで、鏡胴の中に夏の湿気が閉じ込められていることを想い出さねばなりません。
 最低限、冷却の過程で吸い込む空気は乾燥させておきたいし、寒い季節を迎える前には鏡胴から湿気を追い出しておきたい、という祈りが、先述のお告げに繋がったものと思われます。

[ご参考] 湿気と望遠鏡 - 秋冬こそがケアの好シーズン

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太陽は、地球に近くて大変活発に活動している恒星ということで、見ていて飽きない対象です。現象としても、短時間にみるみる形や模様が変わって行く姿も、他の天体では見られないもので、コロナドPSTのように低価格で「パーソナル」な太陽望遠鏡で楽しめるというのは、本当に幸せなことだなあと感じる次第です。


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