星雲星団の「見えやすさ」を戦闘力として数値化してみました(アイピースの実視野につづく戦闘力第二弾です)。(※メシエに関して、参照していたWikipediaの記載に誤りがあることが分かりましたので、修正しました 2019.9.14)
入門書では「メシエ天体は初心者向け」と称して、「双眼鏡やファインダーでもその姿が分かる」とかなんとか書いてあるのに、等級が明るくてもゼンゼン見えなかったりするのは市街地ではよくあることです。「双眼鏡で見えるのなら望遠鏡ならもっと…」、と期待して覗いても、ガッカリするどころか全く見えないことも珍しくありません。
ですが、このあたり、星雲の見えやすさについては入門書は淡くぼかして記述しているように思えます。書いてあるのは「星雲星団は大変淡く、空の綺麗なところでよく目を慣らさないと…」とかいう言い訳です。
これを読んで、肉眼等級で明るいはずのM33あたりに市街地で望遠鏡を向けてみると全く見えなかったり淡かったりして、「6等台の星雲でも殆ど見えないんだな…」と、諦めの境地に達するのは無理もないことです。
しかし!現実には、等級が暗くても意外とクッキリ見える星雲もあるのは、経験者ならよくご存じなはずです。今回は、果たしてどの星雲が見えやすいのか、数値で表してみようという試みです。
■ そもそもメシエ天体って
ご存知のようにメシエ天体カタログは、18世紀の彗星捜索者シャルル・メシエが、彗星と紛らわしい天体に番号を振ってリストアップした天体カタログです。仏国のメシエは英国のウィリアム・ハーシェルと同時代の人物で、日本の幕府天文方に伝わった天文書の著者ラランデ(仏)の友人でもあります。
メシエが使った望遠鏡は口径5~7cmの小さいものだった、と日本のWikipediaには記載されていましたが、そういう話は日本の民間に伝わる神話だったようです。
実際にはメシエは数多くの望遠鏡を持っていて、主力機にはドロンド製の9cm F9.9アクロマートとショート製15.2cmグレゴリー式反射があったようです(*1,*2)。また、メシエ研究の大家Owen Jay Gingerich教授は、19cmのグレゴリー式反射がメシエのお気に入りだったとSky & Telescope誌への1950年代の投稿の中で述べていたようです。
当時は金属鏡の時代でしたので、集光力は現代のものより劣っていたとは思いますが、決して粗末な望遠鏡などではなかったものと思われます。この時代には既にハイゲンス式接眼鏡があり、ラムスデンが当時最新式の接眼鏡を発明した時代です。また、同時代のハーシェルが、あの巨大ドブソニアンみたいな望遠鏡を使って2500個もの星雲星団を発見しつつあった時代でもあります。
なぜか日本ではメシエカタログの天体は非常に小型の望遠鏡でも見えることになっているようですが、実際には初心者が小口径で見るには難しい対象も含まれていますので、注意が必要です。もちろん、容易に見える対象も多いのですが、かなり落差があるのがポイントです。
18世紀には街灯という概念すらなく、夜は真っ暗だったということも考える必要があります。つまり、星空の状態は現代とは比べるべくもなく最良だったわけです。そこに19cmの望遠鏡を使って見つけていった対象ですから、メシエカタログには光害地では目視困難なものが少なくありません。
*1 望遠鏡光学・反射編, 吉田正太郎, 1988
*2 タイトル不明, the Connaissance des Tems, Charles Messier, 1807 [こちらの記載より]
(メシエカタログはこの学術誌に1780年に投稿されたものです。上記1807年の投稿中に、メシエ所有の望遠鏡リストがあるとのこと。ただし、19cmはそのリストには無いようです。)
■ 主要な星雲星団の「戦闘力」
そういうわけで、モヤっと見える系の星雲、系外銀河、球状星団の「戦闘力」として数値化して並べてみたのが、下表です。詳細は後述しますが、実視等級で表される明るさのほかに、視直径で表される「広がり」を加味した値になっています。
さすがにオリオン座のM42大星雲は最強の戦闘力エリートで、他の星雲星団を圧倒しています。それと比べると、同じ4等台のアンドロメダ座M31銀河はだいぶ見劣りのする戦闘力になっていて、これは望遠鏡でパッと覗いた時の感覚ともマッチするんじゃないかと思います(中心以外はさほど見えない)。サイズが大きいので双眼鏡向けの対象だとも言えます。
また、M13やM22、およびM3球状星団はオリオン大星雲に次ぐ戦闘力になっていて、光害地の小望遠鏡でも観察しやすい対象ということになります。また、視等級は上でも広がってしまっているM4より良く見えるというのも、戦闘力の数値として表れています。
意外なのはM57惑星状星雲や M81/82系外銀河で、8等や9等の明るくない対象なのに健闘していて、実際に望遠鏡で見てもクッキリ見えます。入門書では「倍率を上げても意外と薄れない」というような解説がされていたりする対象で、これらは形も特徴的なので、見えるとけっこう感動する対象です。
一方で、6等台で肉眼級であるはずのM8やM33は、大した戦闘力になっていません。空の良いところならいざ知らず、この戦闘力では光害地での見映えはさほどになりません。M33のレベルだとM1のかに星雲以下で、市街地では見えないことを危惧したほうがいいレベルでもあります。
M101回転花火銀河やM20三裂星雲に至っては二桁台前半の戦闘力しかなく、空が良くないと困難で、小口径で市街地から初心者が確認するのはまずもって不可能という世界かと思います。
同様に、アンドロメダ銀河の伴銀河も写真にはハッキリ写っていますが、眼視ではなかなか確認できないということも戦闘力の数字によく表れていて、M110がなぜ当初のメシエカタログになかったのか、というのも理解できます。
また、しし座トリオ銀河のひとつNGC3628やエッジオン銀河NGC4565などは、メシエ天体と同等の平均集光度がありますから写真にはそれなりに写る一方で、戦闘力が高いわけではないのでメシエが見落としていたというのも頷けるところです。
■ 戦闘力の算出方法
この戦闘力の算出には、前述のように「天体のみかけの広がり」として視直径を加味しています。実際には、視直径のx,y(単位:分) のかけ算で見かけの面積に相当する値を求めて使用しています。すなわち、「見かけ面積(arcmin^2)=視直径x × 市直径y 」です。また、天体の明るさは 1等星を基準にして「輝度=10000÷(2.5^等級)」を値として採用しました。
そして大事な戦闘力の計算方法ですが、
「戦闘力 = 1000× (輝度^2) ÷ 見かけ面積」
です。
輝度に2乗がかかっているところがポイントです。実は、輝度を面積で割った値も「平均集光度」として求めてみたのですが、人間の感覚とは程遠い値になりました(表をご参照ください)。
「単位面積あたりの輝度(平均集光度)」は理解しやすい指標で、CMOSカメラはこの値に沿って感光するわけです。しかし人間の眼がこれとは違う感じ方をするのは考察済みで、このときは総光量が大切だという推論でした。しかし、総光量だけで見え方が決まるのなら、実視等級の順番で戦闘力が決まっても良さそうなものです。ですが、背景とのコントラストを考えると、それは単位面積当たりの輝度ということになります。
そこで「背景との差分は平均集光度で決まり、人間の眼は総光量によって刺激される」という仮説であります。
で、両方が効くのなら掛け算すればいいじゃんか、というゆるーい考えで戦闘力は計算されたのでした。それなりに感覚と合うんじゃないか、とか自画自賛してます。
■ 写真撮影の目安になるか?「平均集光度」
■ 天文の入門書について
入門書では「メシエ天体は初心者向け」と称して、「双眼鏡やファインダーでもその姿が分かる」とかなんとか書いてあるのに、等級が明るくてもゼンゼン見えなかったりするのは市街地ではよくあることです。「双眼鏡で見えるのなら望遠鏡ならもっと…」、と期待して覗いても、ガッカリするどころか全く見えないことも珍しくありません。
ですが、このあたり、星雲の見えやすさについては入門書は淡くぼかして記述しているように思えます。書いてあるのは「星雲星団は大変淡く、空の綺麗なところでよく目を慣らさないと…」とかいう言い訳です。
これを読んで、肉眼等級で明るいはずのM33あたりに市街地で望遠鏡を向けてみると全く見えなかったり淡かったりして、「6等台の星雲でも殆ど見えないんだな…」と、諦めの境地に達するのは無理もないことです。
しかし!現実には、等級が暗くても意外とクッキリ見える星雲もあるのは、経験者ならよくご存じなはずです。今回は、果たしてどの星雲が見えやすいのか、数値で表してみようという試みです。
■ そもそもメシエ天体って
ご存知のようにメシエ天体カタログは、18世紀の彗星捜索者シャルル・メシエが、彗星と紛らわしい天体に番号を振ってリストアップした天体カタログです。仏国のメシエは英国のウィリアム・ハーシェルと同時代の人物で、日本の幕府天文方に伝わった天文書の著者ラランデ(仏)の友人でもあります。
メシエが使った望遠鏡は口径5~7cmの小さいものだった、と日本のWikipediaには記載されていましたが、そういう話は日本の民間に伝わる神話だったようです。
実際にはメシエは数多くの望遠鏡を持っていて、主力機にはドロンド製の9cm F9.9アクロマートとショート製15.2cmグレゴリー式反射があったようです(*1,*2)。また、メシエ研究の大家Owen Jay Gingerich教授は、19cmのグレゴリー式反射がメシエのお気に入りだったとSky & Telescope誌への1950年代の投稿の中で述べていたようです。
当時は金属鏡の時代でしたので、集光力は現代のものより劣っていたとは思いますが、決して粗末な望遠鏡などではなかったものと思われます。この時代には既にハイゲンス式接眼鏡があり、ラムスデンが当時最新式の接眼鏡を発明した時代です。また、同時代のハーシェルが、あの巨大ドブソニアンみたいな望遠鏡を使って2500個もの星雲星団を発見しつつあった時代でもあります。
なぜか日本ではメシエカタログの天体は非常に小型の望遠鏡でも見えることになっているようですが、実際には初心者が小口径で見るには難しい対象も含まれていますので、注意が必要です。もちろん、容易に見える対象も多いのですが、かなり落差があるのがポイントです。
18世紀には街灯という概念すらなく、夜は真っ暗だったということも考える必要があります。つまり、星空の状態は現代とは比べるべくもなく最良だったわけです。そこに19cmの望遠鏡を使って見つけていった対象ですから、メシエカタログには光害地では目視困難なものが少なくありません。
*1 望遠鏡光学・反射編, 吉田正太郎, 1988
*2 タイトル不明, the Connaissance des Tems, Charles Messier, 1807 [こちらの記載より]
(メシエカタログはこの学術誌に1780年に投稿されたものです。上記1807年の投稿中に、メシエ所有の望遠鏡リストがあるとのこと。ただし、19cmはそのリストには無いようです。)
■ 主要な星雲星団の「戦闘力」
そういうわけで、モヤっと見える系の星雲、系外銀河、球状星団の「戦闘力」として数値化して並べてみたのが、下表です。詳細は後述しますが、実視等級で表される明るさのほかに、視直径で表される「広がり」を加味した値になっています。
代表的な星雲/系外銀河/球状星団の「実視戦闘力」 (注:M22の戦闘力はwikiの視等級/視直径をソースとして使用しておりましたが、視等級を求めるのに使っている範囲と視直径の数値のソースが違っているようで、実態と乖離がありました。AstroArts掲載の値を用いた表に訂正いたしました。 2019.5.3) |
さすがにオリオン座のM42大星雲は最強の戦闘力エリートで、他の星雲星団を圧倒しています。それと比べると、同じ4等台のアンドロメダ座M31銀河はだいぶ見劣りのする戦闘力になっていて、これは望遠鏡でパッと覗いた時の感覚ともマッチするんじゃないかと思います(中心以外はさほど見えない)。サイズが大きいので双眼鏡向けの対象だとも言えます。
また、M13やM22、およびM3球状星団はオリオン大星雲に次ぐ戦闘力になっていて、光害地の小望遠鏡でも観察しやすい対象ということになります。また、視等級は上でも広がってしまっているM4より良く見えるというのも、戦闘力の数値として表れています。
意外なのはM57惑星状星雲や M81/82系外銀河で、8等や9等の明るくない対象なのに健闘していて、実際に望遠鏡で見てもクッキリ見えます。入門書では「倍率を上げても意外と薄れない」というような解説がされていたりする対象で、これらは形も特徴的なので、見えるとけっこう感動する対象です。
一方で、6等台で肉眼級であるはずのM8やM33は、大した戦闘力になっていません。空の良いところならいざ知らず、この戦闘力では光害地での見映えはさほどになりません。M33のレベルだとM1のかに星雲以下で、市街地では見えないことを危惧したほうがいいレベルでもあります。
M101回転花火銀河やM20三裂星雲に至っては二桁台前半の戦闘力しかなく、空が良くないと困難で、小口径で市街地から初心者が確認するのはまずもって不可能という世界かと思います。
同様に、アンドロメダ銀河の伴銀河も写真にはハッキリ写っていますが、眼視ではなかなか確認できないということも戦闘力の数字によく表れていて、M110がなぜ当初のメシエカタログになかったのか、というのも理解できます。
また、しし座トリオ銀河のひとつNGC3628やエッジオン銀河NGC4565などは、メシエ天体と同等の平均集光度がありますから写真にはそれなりに写る一方で、戦闘力が高いわけではないのでメシエが見落としていたというのも頷けるところです。
■ 戦闘力の算出方法
この戦闘力の算出には、前述のように「天体のみかけの広がり」として視直径を加味しています。実際には、視直径のx,y(単位:分) のかけ算で見かけの面積に相当する値を求めて使用しています。すなわち、「見かけ面積(arcmin^2)=視直径x × 市直径y 」です。また、天体の明るさは 1等星を基準にして「輝度=10000÷(2.5^等級)」を値として採用しました。
そして大事な戦闘力の計算方法ですが、
「戦闘力 = 1000× (輝度^2) ÷ 見かけ面積」
です。
輝度に2乗がかかっているところがポイントです。実は、輝度を面積で割った値も「平均集光度」として求めてみたのですが、人間の感覚とは程遠い値になりました(表をご参照ください)。
「単位面積あたりの輝度(平均集光度)」は理解しやすい指標で、CMOSカメラはこの値に沿って感光するわけです。しかし人間の眼がこれとは違う感じ方をするのは考察済みで、このときは総光量が大切だという推論でした。しかし、総光量だけで見え方が決まるのなら、実視等級の順番で戦闘力が決まっても良さそうなものです。ですが、背景とのコントラストを考えると、それは単位面積当たりの輝度ということになります。
そこで「背景との差分は平均集光度で決まり、人間の眼は総光量によって刺激される」という仮説であります。
で、両方が効くのなら掛け算すればいいじゃんか、というゆるーい考えで戦闘力は計算されたのでした。それなりに感覚と合うんじゃないか、とか自画自賛してます。
■ 写真撮影の目安になるか?「平均集光度」
余談ではありますが、表には「平均集光度」も記載してみました。ちょっと感覚とは違うようにも見えますが、オリオン大星雲やアンドロメダ銀河の淡い部分を写そうとすると案外大変だとか、M57はそれなりに拡大してもいけそうな対象だとか、平均集光度を見ると少しは参考になるかも、と思って数字を残してみまています。実態は…??わかりません。
■ 天文の入門書について
コメント
これはもう、星雲星団バトルカードゲームを作るしかないと思います!
星雲星団バトルゲーム、「戦闘力」「色」「形」みたいなパラメータですね!?
女の子向けには「星雲恋占い」ですかね。
観望会とかで星雲・星団を見せてあげても「えっ, 何も見えん」という反応がよくありますが, そういう中で見せられるものを選んでいくと, 確かにこの戦闘力はよく合ってるように思います.
M16, M17は入ってませんけど, 割とよく見えると思ってたので計算してみました. Stellariumのデータを使うと, M17は1398, M16は559.
M16はあれっと言う感じですが, 拡がりが25x120'と淡いところまで含んだ大きな値になってるから小さくなったんだと思います. 中心部の明るいところだけで25x50'にしてみると戦闘力は1342となりますね.
たしかにM17あたりは割と市街地でもよく見えやすい対象ですね。
特にM17は集光があって、形もわかりやすいです。
M16は星団がよく見えますが、M17よりは淡くてかに星雲くらいな印象ではす(@市街地)。
集光しているところのあたりは、確かにそれより見えているかもしれません。
このあたりの集光部の見えやすさなどは、十分に反映しきれてはいないところです。
観望会では大型の天体を見てもらうことが多いと思いますが、最近は「高倍率」が見せやすいようにも感じています。
特にM31あたりは、高倍率にすると誰が見ても迫力ある姿になって面白いです。
「単位面積あたりの輝度」ではないな、と思ってます。