マクストフ・カセグレン。かつて少年の頃には手が届かない高価な望遠鏡でありましたが、Acuter社のMAKSY GO 60は、入門者価格でその性能を味わえる名機としてマニアの間では話題になっていました。
このたび、そのMAKSY一式とTraverse架台一式のセットがなんと2万円(!)という破格でセールされておりましたので、ついうっかり入手してしまいました。
しかし、いまさらMAKSY自体のインプレにはご興味ないでしょうから、今回は違う観点でマクカセを考察してみました。
近年では初心者向けの「良く見える入門機」としての地位を確立しつつあるカセグレン系光学系ですが、入門者がつまづきやすいとされる「天体の導入」に課題があるとも言えます。
そこで、1.25インチ導入用アイピースの決定版(?)として 「SkyRover PF 25mm」を、次点としてエコノミーな「Aspheric 23mm」を選定してみたのでした。
その背景にご興味がある方は、後段を御覧ください。
※ちなみに、MAKSY GO 60 での天体導入の難易度は高くはありませんでした。間違いなく入門者向けです。
6cm の小型マクカセ「MAKSY GO 60」 |
■MAKSY GO 60
Acuter社のMAKSY GO 60は、口径60mm・焦点距離750mm(F12.5)のグレゴリー式マクストフ・カセグレン望遠鏡です。マクストフ光学系は、主鏡も補正板も球面で形成しながら収差補正を行っているのが特徴で、グレゴリー式は更に補正板の一部にメッキを施して副鏡にしているのが特徴です(同社のMAK80は、副鏡を独立の曲率にしてF値を10に抑えたルマック式です)。
MAKSY GO 60 には、スマホで撮影するための固定板が付属し、この固定板を取付可能な形状にした「PHOTO」と称するアイピースが、10mm/20mmの2種類付属しています。
接眼部は独自のΦ25の取付口となっており、専用の正立天頂プリズムが取り付けられ、そこには 1.25インチ(31.7mm)のアイピースが取り付けられるようになっています。また、ファインダーも正立仕様です。
■カセグレン系の弱点=導入の難しさ
カセグレン系の鏡筒は口径の割にコンパクトで、収差も少ない優秀な光学系であることから、小口径の入門機としても販売されています。
しかしながら、カセグレン系、特にマクストフカセグレンはF値が大きく焦点距離も長いので倍率も高くなりがちです。小口径の入門機ではアイピースのバレル径も1.25インチまでとなっていることが多く、広い視野を得るのが難しいということが弱点にもなります。
見える範囲は実視野の2乗に比例しますから、実視野の数値以上に難易度が上がります。このため、私自身、C11でのファインダー調整に難儀*して、初心者がそこで挫けることの追体験をしてしまったのでした(*133倍0.75度でした)。倍率が高く視野が狭くなると、地上の風景と言ってもどこを見ているのかを分かるのに時間がかかり、特に赤道儀では動きが水平垂直とも関係がなく、天頂ミラーをつけていたりすると方向感覚も分からなくなります。
天体の導入やファインダー調整に慣れていない入門者にとっては、この「視野が狭く導入が難しい」という弱点は致命的にもなりうると思ったわけです。
■実視野の広さとアイピースの組み合わせ
導入のしやすさを考える上で大事なことは、倍率の低さではなく実視野の広さです。必ずしも焦点距離の長いアイピースが有利かと言うとそうでもなかったりします。
実視野の広さは、アイピースの実視野能*(=見掛視界×焦点距離)と対物焦点距離で決まります。実視野能を対物焦点距離で割ったものが実視野の広さになります。(*「実視野能」は、当ブログが提唱している指標です)
この実視野能が大きいほど得られる実視野も広くなるわけですが、実視野能の大きさはアイピースの視野環径(mm)と対の関係にあります。近似的には、実視野能を57.4で割ったものが視野環径(の実効値)になります。
・ 実視野能 = 見掛視界 × 接眼焦点距離 [単位:mm・度]
・ 実視野 = 実視野能 ÷ 対物焦点距離 [単位:度]
・ 視野環径 ≒ 実視野能 ÷ 57.4 [単位: mm]
視野環径の制約があるため、アイピースのサイズ(バレル/スリーブ径)によって実視野能には限界があります。1.25インチでは 実視野能1600~1700前後、2インチでは 2700~2800前後に限界があります。
最大に近い実視野能をもたらすアイピースとしては、次のものなどがあります。
・1.25インチ(31.7mm):
Unitron WIDESCAN 20mm/84° (1680)
タカハシ Erfle 28mm/60° (1680)、 TPL-33mm/48° (1584)
SkyRover PF 25mm/65° (1625)、UF 24mm/65° (1560)
※PFは笠井、UFはAPMの製品として入手できます。
TeleVue Panoptic 24mm/68° (1632)
Baadar Hyperion 24mm/68° (1632)
Explore Scientific ES24mm/68° (1632)
同 PL 32mm/50° (1600)、 PL 40mm/43° (1720)
Meade Series4000 SP 32mm/52° (1664)、40mm/44° (1760)
・2インチ(50.8mm):
Meade Series4000 SP 56mm/52° (2912)
William Optics SWAN 40mm/72° (2880)
ビクセン LVW 42mm/65° (2730)
TeleVue Panoptic 41mm/68° (2788)、PL 55mm/50° (2750)
Masuyama 31mm/85° (2720)、 60mm/46° (2760)
米Orion Q70 Wide-Field 38mm/70° (2660)
Celestron Omni 56mm/47° (2632)
廉価望遠鏡に付属してくるアイピースやエコノミー系のアイピースでは、MAKSY に付属してきた PHOTO-20が 実視野能1100、SUPER 25mmが 1350、SVBONYのAspheric 23mmが 1420ほどです。また、古くからの 24.5mm の K.20mmなどは 1125ほどで、PHOTO-20と同程度となっています。
アイピースの「実視野能」と得られる「実視野」の関係 鏡筒の焦点距離と接眼スリーブの径によって、広い実視野の得やすさや限界が大きく変わります |
■カセグレン系の難しさ
上図は、実視野能と実視野の関係を、望遠鏡ごとにプロットしたものです。引かれた直線が望遠鏡の選択(焦点距離)、横軸がアイピースの選択となり、縦軸が得られる実視野の広さとなります。
緑の線が屈折望遠鏡の例、青い線がニュートン反射、赤い線がカセグレン系になっています。星印は、その望遠鏡に付属してくるアイピースを参考までにプロットしたものです。
焦点距離が短い小口径アポやニュートン反射は、どんなアイピースを選択しても簡単に広視界が得られ、導入しやすいことが分かります。反対に、長焦点になりがちなカセグレン系では、広い視界を得るのが容易ではありません。
個人的経験からの私見ながら、ファインダー調整時などでの導入のやり易さを思い返すと、実視野 1.4°くらいが導入しやすさの境界線じゃないかと思います(個人差はあると思いますし、初心者は更に広さがあると楽でしょう)。視野内に見える範囲は実視野の2乗に比例しますから、実視野1.0°と1.4°では導入の難易度が2倍違い、ちょっとやそっとの違いではないということに留意する必要があります。
この観点で、MAKSY GO 60や MAK80 は及第点です。入門者用望遠鏡として適切に導入が可能な視野の広さを、1.25インチアイピースだけでも確保でき、入門者にとっての関門であるファインダー調整も容易です。
一方で、MAK90、SKYMAX127(旧称MAK127)は入門者には厳しいと言えます。SKYMAX127などは付属のアイピースでは1°を切っており、ファインダー無しで目標物を導入するのは、対象が地上物であってもけっこう大変です。
更に、これらが備えるアイピース取付スリーブが1.25インチ径に制限されるので、アイピースを換えても広視界を得ることができない点も辛いところです。20cm F5くらいの反射と比べると、2インチスリーブが無い分、格段に導入の難易度が高いと言えます。
こうした中口径以上のカセグレンは、光学性能の高さ(よく見える)と軽量コンパクトさから誰にでも薦めたくなるところですが、中級者以上向けの製品なのだと思います。
ちなみにオマケですが、導入の容易さが実視野の2乗に比例するものとして、簡易的に「望遠鏡の手強さ」を定量化してみたのが下表です((焦点距離÷接眼スリーブ径)^2 で評価してみました)。
「導入の難しさ」を望遠鏡ごとに点数付けしています C8 と MAK90が同レベルの難易度だということが分かります。 |
■「導入用アイピースの決定版」やいかに!?
結局のところ、入門マクカセに好適な導入用アイピースとは?というわけで、あまりに高価なやつは除いて見比べてみました。
比較に用いたのは、MAKSY付属の「PHOTO-20」、Skywatcherの望遠鏡によく付属している「SUPER 25mm」、エコノミーアイピースの雄「Aspheric 23mm」、31.7mm最広角の「WIDESCAN III 20mm」、そして気鋭の広角軽量アイピース「Plemium Flat (PF) 25mm」です。
「導入用」ということで、視野の広さとともに、視野全体にわたって像が良いかどうかという点を重点的に見ています。
・PHOTO-20 (55°, 1100)
MAKSY60 の付属品で、2群3枚で眼側視野側の双方が平面になっている「トリプレーン」式のものです。アイレリーフも長く、メガネをかけていても覗きやすいアイピースです。スマホホルダー(MAKSY付属品)をしっかり取り付けられるテーパー溝がついているのが特長となっています。
導入用としては実視野能1100とさほどの広さはありませんが、覗いてみるとなかなかシャープで良く見えます。但し、視野の周辺では若干の像面湾曲が見られ、ピントを外します。
カセグレン系の入門用低倍率アイピースとしては良品の部類と思いますが、導入用にはもう少し広視野のものが欲しくなります。
・SUPER 25mm(56°, 1350)
Skywatcher社の鏡筒に付属品として付いてくることがある低倍率アイピースで、こちらもPHOTOと同じくトリプレーンタイプです。古いケルナーなどと比較すると視野が広く作られており、カセグレンの導入用途にはこちらを付属させる方が良いのではないか、とも思います(スマホは付けられませんが)。
周辺像がやや荒れ気味となるのは PHOTO-20と同様ですが、破綻はしないのは健闘しているとも言えます。視野を頑張っている分だけ像面湾曲の他にも収差が見られ、周辺の荒れはやや顕著です。
・Aspheric 23mm(62°, 1426)
エコノミーアイピースの代表格である、SVBONYの Aspheric 23mmです(こちらにもインプレがあります)。SUPERなどと似たレンズ構成の改良ケーニヒ型と思われますが。像面湾曲のために視野周辺ではピント位置が中心とやや異なりますが、非球面の効果か、収差が良く抑えられ、周辺像の荒れがさほどにはなりません。実視野能も1426と大きめで、お安く入手できる導入用アイピースとしてはお勧めできます。
初心者が、導入用に一本買い足しておいても良いアイピースだと思います。もちろん、低倍率観望用途にも十分使えます。重量が44g と超軽量なのも長所です。
・WIDESCAN III 20mm(84°, 1680)
1.25インチとしては最大級の実視野能を誇る広角アイピースで、焦点距離も20mmと短く、射出瞳径も抑えられるので都会での使用には大変よいアイピースです。視野は広いのですが、像面湾曲と収差の双方が大きく、周辺像の荒れは F12.5 のMAKSYでも気になります。
84°の広視野アイピースとしては、重量が185gに抑えられている点も特長です。但し、ディスコンとなっており入手難度はやや高めでもあり、周辺像の荒れ方も大きいので、万人には勧められません。
・Plemium Flat Field (PF) 25mm(65°, 1625)
天虎光学、SkyRoverの PF 25mmは、3群4枚の改良ケーニヒ型の軽量・広角アイピースとして笠井トレーディングから販売されています。価格は約1万円ほどですので、エコノミーとは言い難い面もありますが、広角アイピースとしての性能は高く評価できます(※余談ながら、バーローを介しての高倍率中心像は良くはありません)。
Plemium Flat Field 25mm |
"Plemium Flat" の名が示す通り、像面がフラットで直線歪曲もほせいされています。MAKSYでは小さい像面湾曲と収差補正によって、周辺像も良好でした、直線歪曲が良く補正されているのも特長です(そのために角倍率歪曲が犠牲になっています)。
アイレリーフはやや長めで、眼鏡使用でも視界を見渡すことができます。80gと、かなり軽量であるのも特長で、実視野能1600超を実現するアイピースとして、個人的には1.25インチの導入用アイピースの決定版ではないかと思っています。
________
さて、MAKSYの入手で、「導入用アイピース」をあらためて整理してみることができました。入門用のマクカセは、光学性能が高いので「オススメ」と言いたくなるところですし、実際オススメではあります。
しかし、ベテランの方々が思っているほど取り扱いが易しくはないので注意が要るなあ、という感想を、あらためて持ったのでありました。視野の狭さの2乗で難しくなるのだよなあ、と。
コメント