多自由度双眼鏡架台「TAIDA-I型」

現代社会に満ちる苦悩の一つを、解決したかもしれません。何も考えずに、ラクに自由に、そして怠惰に星を眺めたい ー そんな願いを、多自由度の双眼鏡架台「TAIDA-I型」で形にしてみました。寝そべった姿勢でリラックスしながら、水平から天頂まで思いのままに双眼鏡の向きを変えての星空探索、これを実現しようという試みです。

 今回は、そんな煩悩を満たすために、アウトドア用の市販折り畳みリクライニングチェアをベースとしながら、ガススプリング式のモニタアームオフィスチェア用の水平回転盤といった量産部品を組み合わせることで、真の怠惰への一歩を踏み出す双眼鏡マウントを製作したわけです。

 今回は、怠惰を求めて不得手な工作に汗を掻いたのであります。そして2025年6月の田村市星まつりでの試運転に漕ぎつけることができました。使用感としては未だ改善点がいくつかあるものの、一旦は「没入感」を得ることができました。

 あくまでも個人の体験談ですが、ご興味ある方はご覧ください。

Multi-Degree-of-Freedom Binocular Mount 'TAIDA-I
多自由度双眼鏡架台「TAIDA-I型」(双眼鏡は 16x70)

■ 双眼鏡のカルマ
 宇多田ヒカル氏の指摘にもあるように、天体観測に用いる双眼鏡の重さは許容範囲を超えています。曰く「想像の倍のデカさと想像の3倍の重さで、手がプルプル震えて全てがものすごく揺れて見える、首が死ぬ」とのことで、まったくその通りだと思います。そして、三脚に載せてもなお、向きによっては首が死ぬことには違いはないわけです。

 いかに天体観測の基本は筋力とヨガと忍耐力だとはいえ、怠惰力で立ち向うのは当ブログの使命かもしれません。

 これまでにも、双眼鏡架台は様々な形態が提案されてきました。しかし、自分の体格や姿勢に応じて双眼鏡の眼位置を自在に合わせ、それとは独立して天体を導入するというのは、意外と至難なものです。強度的にも大掛かりな機構が必要であったり、体格や姿勢に合わせる調整が難しそうだったり、製作も大変そうだったり、あるいは重量級の機材となって運搬や設置が大変だったりと、真の怠惰にたどり着くのはなかなか容易でなさそうな気配だったのでした。

■7+1自由度の可動軸
市販モニタアームによる多自由度化
 既存の双眼鏡架台の課題は、ズバリ「自由度」だ、と思っていました。
 一般には、経緯台は水平と垂直の2軸があれば天空の任意の方向に向けることができます。しかしそれでは覗き口の位置が変化してしまい、人間様の方が光学系に合わせて姿勢を変える必要が生じてしまっていたわけです。2自由度の経緯台では、ヨガ要素が強くなるのは当然なのです。

 これまでにも双眼鏡マウントには色々工夫がなされたものが考案されてきましたが、主には「対象を導入してじっくり眺める」ものが多かったように思います。このため、例えば双眼鏡の下に潜り込めるようにはなっていても、対象の導入後に椅子を適切な位置まで移動しなければならなかったり、双眼鏡の向きを変えるたびに目と双眼鏡の位置を苦労して変えねばならなかったり、高度を変えるには背もたれごとリクライニングしなければならなかったりと、必ずしも「怠惰な星空散歩」というわけにはいかなかったのが現実ではなかったかとも思います。電動のものもあるようですが、高価であったり、重量などを考えると設営に汗をかかねばならないのも泣き所でした。

ターンテーブルによる全体水平軸
 こうした問題は、双眼鏡の向きを手元で変えようとした際の自由度が圧倒的に足らないのが原因です。

 手元で双眼鏡の向きを上下左右に動かそうとすると、首を中心にして目の位置が動くので、「目との距離」や「高さ方向の位置」および「左右位置」の3自由度を水平垂直の2軸に加えた5自由度が最低限なければならない道理です。

TAIDA-I型は、更に2自由度とリクライニングを足した7+1自由度を持たせてあります。

自作の手元X-Y経緯台機構
(ワンタッチで脱着できます)
①全体水平軸 … 椅子の下のターンテーブルで360°回転を実現。足で操作します。
②③ 手元X-Y軸 … 双眼鏡の取り付け部に、フリーストップの経緯台的機構を設けました。
④ 上下軸 … ガススプリングによって実現しています。
⑤⑥⑦  左右、距離 … アームの根元とガススプリングとの連接部の2つの回転機構とアームで水平面内の移動を行い、XY機構取付角度の調整自由度によって双眼鏡の向きを体の向きに合わせられます。
+1 リクライニング … 折りたたみ椅子の元々の機能で実現しています。

 この自由度の余裕によって、足で全体の水平を回すことも、手で微妙な双眼鏡の向きを変えることも、両方できるようになっています。また、双眼鏡の位置自体を上下左右に振り回し、たとえ首を背もたれにもたれた状態で天頂を向けても、目位置をちょうどよいところに持ってこれる、というわけです。

■ 材料・部品など
 この自由度を自作品で得ようとすると大変です。特殊なものを使わないことがエコノミーの秘訣とも言えます。
 そこで、TAIDA-I型では一番面倒くさい多関節アームにモニタ用のアームを流用し、人体の荷重を支えて回転させるところに椅子用の水平回転盤(ターンテーブル)を用いているのがミソです。数多く流通してるものなので、比較的低価格でガススプリングまで入っており、また先端のユニットをワンタッチで脱着できる機構が標準でついています。

 モニタ用アームには耐荷重9kgというものを用いていますが、モニタと違って連結部から離れた位置に重心がある双眼鏡を乗せる場合にはモーメントがガススプリング部の圧縮力として作用し、FUJINON 16x70 (2.4kg) で限界でした。さらに大型のものを安全に乗せる場合にはアームをタンデムにしてモーメントを相殺するなどの工夫が必要と思われます。
 ターンテーブルには、椅子用の185mm角のものを使用しています。なんせ椅子用なので、体重を支えるのになんらの問題もありません。安くて軽いものも販売されているようですが、ここでは日本製のやや重量級のものを用いました(が、2,700円)。

 全体として用いたパーツ・材料は、下記のようにありふれたものです。材料費はざっと約3万円といったところでした。

・リクライニングチェア       … 5,000円
・モニターアーム       … 8,000円
・椅子用水平ターンテーブル  … 2,700円
・スチール角パイプ      … 2,600円 (角22×1m×2本)
・XY用アルミ板類       … 約4,000円
・その他金物・板類      … 約5,000円
・アリガタ・アリミゾ(中古)   … 2,500円

■ 工作の難所
 工作する上での難所は、いくつかありました。最大の難所は「アームの取り付け部」ですが、ほかに「ターンテーブルを乗せる台座」や「XY経緯台機構」も苦労点でしたが、ひっくり返らないようにするための「安全装置類」も最後に面倒になった部分でした。
 ざっくり申し上げて、強度信頼性の確保がわりと大変で汗のかきどころです。

・難所1 アーム取付部
 アームの取付部が難所である理由は、アームの長さによるテコの原理で取付部に物凄い力が作用することが想像に難くないからです。ひじかけの木だけでは割れてしまうと思いますし、それを固定している金具類は曲がってしまいそうです。
 このため、ひじ掛け部分には4.5cm厚の補強合板(1.5cmx3枚)を2mm厚の鉄アングル金具で固定して取り付けてねじり剛性を確保するとともに、モーメントを椅子の鉄パイプで支えるためのアルミL金具を設けました。このL字金具も、50mm長の木ネジ3本で補強合板に固定しているのですが、脳内シミュレーションでは1本あたり100kgf近い荷重が作用してしまいそうな勢いでしたので、L字金具を支持する4mm厚鉄板の補強ステーを追加してモーメントの支持を分担させました。赤いノブが付いたボルトはL字金具に当てて負荷を支えるための調整ねじです。これで、木ネジの負荷は最大でも30kgf以下に抑えたつもりでいます。
 しかしこれでも反対方向のモーメントが発生したときに弱いということが判明し、暫定的にCクランプでL字金具とチェアのパイプを固定しました。このため、現時点ではリクライニングが自在というわけにはいかなくなっており、課題として残っています。

補強合板の取り付け部
※右写真のアルミ製L字金具が黒い鉄パイプに接触し、モーメントを支えます。左写真の赤いノブ付ボルトは、この金具が根元ねじから折れてしまうのを防ぐための補強ステーに取り付けられています。

・難所2 ターンテーブル台座
 ターンテーブル自体は前述のとおり椅子用の185mm角のものを用いていますが、これを乗せる台座は、22mm角1.2mm厚のスチール角パイプで組みました。体重を支えるのでそれなりの強度が必要ということでの選定ですが、切ったり穴開けたりが汗をかくポイントです。
 強度信頼性の観点で言うと、設置面の凹凸に対応するアジャスターに力が集中するので、1.2mm厚にM8タップを切っただけでは大変心もとないことになります。タップはパイプの反対側まで貫通させて切っているのは勿論ですが、安心できなかったので椅子の真下に体重支持用のゴム足をつけて力の集中を避けています。

全体水平軸の底部には、ゴム足をつけて体重を支えています

・難所3 XY経緯台機構
 ガラクタとアルミプレートの組み合わせで作りました。アルミプレート類の切断や穴あけももちろん面倒なのですが、それ以上に、そこそこスムースなフリーストップを実現しようとすると、そこが割と面倒です。かといって真面目な軸を入れて作る気にもならず、ノブボルト自体を軸としながら州どうする2枚の板の間にアルミ円板を2枚挟み、この円板の径方向でモーメントを支えるAZ-GTi的設計としました。 

安全のための回転止め
・難所4 安全装置類
 自分一人で使う分には問題ないのですが、星まつりなどで披露することを考えると安全性を無視できません。一定以上の回転を制止する回転止めや、転倒を防止するためのバランスウェイトを搭載しました。

 回転止めも一筋縄ではいかず、相当なモーメントが作用するのに抗って回転を止める必要があるので、2mm厚の鉄板金具を3枚重ねてステーを作り、対処しました。
 バランスウェイトは金属製のカップホルダーにぶら下げましたが、安定のために10kgを要しました(苦笑)。

田村市星まつりでの展示
(右下はバランスウェイト袋)
■使用感と今後の改善点について
 田村市の星まつりで使っていただいたり、自分で使ってみたりしながら、改善点も見えてきました。自分で使ってみた感想は、「なかなか怠惰に没入感が得られて楽しいけれども、どこを眺めてるのか分かりにくいのと、固定の不安定が興を削ぐ」ということでした。

 主な要改善のポイントは次の3点です。

① 目標導入のガイド
 これは、スマホホルダーを同架してSkySafariを表示するのかな、と思っています。

② 地面との固定部
 アジャスターでがっちり固定できるよう、調整範囲拡大が必要でした。

③ 双眼鏡位置や回転可能範囲の調整
 もっと双眼鏡が上位置にできたりすることが必要な感じでしたので、これは調整すればなんとかなりそうです。

 いずれにせよ、休暇の晴れ間に庭にサッと出して楽しむお気楽ツールとして使いこみながら、熟成させてみたいと思います。

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いやぁ、怠惰のために流す汗って、本当にいいものですね。
実に健康的で、プライスレスです。
「怠惰-I型 双眼鏡マウント」で星空を眺めつつ、また改良もしつつ、しばらく怠惰を貪りたいと思います。(10x50くらいの双眼鏡が欲しくなってヤバい...)

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