ついに惑星面の良像を得るための秘訣に辿り着いたように思います。究極的にヌケのよい惑星アイピース(プロト)を、解像度や収差にまつわる「謎」を理解した上で作成して、惑星の模様観察で良好な結果を得ました。同時に、バーローや天頂ミラーとの相性や留意点についても書いてみました。
結論から言うと、「光束が小さくなった位置にある反射面・屈折面が鬼門」だったというお話です。
これは、当ブログでのラムスデン接眼レンズや単レンズ・ケプラー式への考察、そして高級と言われるアイピースでの惑星表面見比べや、過去の先人達の活動の振り返りを経て到達した現時点での結論です。[2021.10.12 この結論らしきものについての御託宣を数式として念写し、追記しました]
この原理を応用すると、惑星表面を良く見るための戦略が見えてきます。天頂ミラーや双眼装置を使う場合にも鬼門を避ける注意が必要かもしれないという新たな知見も見えてきました。究極のプラネタリーアイピースはこうした戦略から生まれ、実視で良好な結果を得たというわけです。
※この記事の2021年時点では「バーロー+単レンズ」が最良としておりますが、当記事が述べる「究極」路線を追求したその後の検討(逆襲のハイゲンス)を経て、2022年の小海に持参した構成が2023年時点での究極となっております。当記事末尾にも構成の詳細を補足しました。[2023.9.30 追記]
究極のプラネタリー・アイピースが 3BのH.30mmだって!? マジで言ってます(但し改造あり)。 |
今回は、これまでの「光学」や「収差論」が答えてくれなかった謎に迫ってみたいと思います。
■ 光学や収差論が答えてくれないナゾの数々
望遠鏡光学の入門書などでは「エアリーディスクの中にどれだけ光を集めるか」を主に取り扱います。光が集まらない原因として収差や遮蔽による回折像があって、これらを解消したものが「良い光学系」だという理屈です。
しかし。
惑星観察で、私が体験してきた次のような謎について、いわゆる幾何光学や収差論は説明を与えてくれないのでした。
謎の数々:
・過剰倍率になるとかえって細かいところが見えなくなることがある。
・同じ「アッベオルソ」でも、よく見えるやつとダメなやつがいる。
・単レンズやラムスデンでは、高級アイピースより「像が甘い」のに「模様は良く見える」。
・しかし収差補正が良いはずのピュアラムスデンがそれほど良くは見えない。
・惑星の模様がよく見えるのと、二重星の分離とは全く別。
・スマイス入りアイピースはバーローレンズと相性が悪い。
・バーローと長焦点アイピースが相性良かったりする。
要するに、シャープさと解像度は似て非なるものだということで、収差の大小とは全く別のファクターが惑星観察には効いている、ということが私にとっては長年の謎でありました。
これらの現象はいずれも収差の理屈からでは説明がつきません。だからといって、現実に目の前で見えていることが間違いで本に書いてあることだけが正しいのだとしては天動説信仰と同じことになってしまいます。
そこで、惑星面の模様を良く見せる「ヌケ」について、今一度考察してみたのでした。
■ 解像度に効く「ヌケ」の決め手
ここでは「解像度」を惑星の表面模様(濃淡による形状)を見分ける能力を指すことにすると、まず一般的な光学が教えてくれる「収差」が解像度に影響を与えること自体は間違いありません。ボケがあれば細かい濃淡も見分けにくくなるというのは、誰にも分かりやすい道理です。収差は像のシャープネスを形成するもので、設計と平均的な形状精度が勝負どころです。いわゆる重星の観察ではここが決め手になってきます。
しかし、一般的な光学理論が行き着くところは「エアリーディスクの外側」を照らす光をどう減らすのかという話です。ストレール比にしても故吉田博士のアイピース精度不要論(天文アマチュアのための望遠鏡光学,p213)にしても、「エアリーディスクの中に光が収まってればOK」という話に行き着きます。
しかし。エアリーディスク径というのは案外大きいのです。
口径20cmのエアリーディスク径 (模様に対して大きい) |
ですから、いかに収差補正が完璧な光学系であっても、惑星のような対象に対してはエアリーディスクの内側を含む干渉像のカタチが大切なんじゃないかと思うわけです。これが、単なるシャープネスと解像度の差異を作っているのだと思うのです。
干渉像は光路長差によって現れます。光路長差には口径と焦点距離によってできる幾何学的な「強め合い/弱め合い」の位置の他に、光学系表面の凹凸が効くことになります。レンズ表面には研磨痕などの凹凸があるのが道理で、この凹凸がエアリーディスク内側の強度分布を乱したり、回折環との間の本来暗くなるべき部分を照らしたりするわけです。更に凹凸の境界では回折も生じますから、レンズ面の凹凸は光路中に遮蔽物があるような状態にもなります。
そう考えると、惑星用光学系では、単に収差補正ができているということの他に、光路長差を乱す表面の凹凸が少ないことが重要になるというわけです。単レンズやラムスデンなど、レンズ枚数が少ないアイピースが有利なのはこのためだと理解できます。
もう一つ、見落としていた重要なことがあります。それは、表面の微細な研磨痕やゴミなどが像に与える影響度の大きさです。主鏡のように大きな光束であれば、一つのキズが面積割合として占める割合は大きくありません。
しかしアイピースの射出瞳ではどうでしょうか?
レンズ面の乱れ(凹凸)の投影サイズが微小であっても、面積割合は極めて大きくなるわけです。例えば倍率100倍であれば面積比では1万倍の影響度に達するわけで、これは全く無視できません。凹凸の境界が作る回折も、大きな遮蔽物として作用してしまうことになります。
レンズ面の乱れ(研磨痕などの凹凸)の影響度のイメージ 対物レンズと接眼レンズでは、影響の仕方が異なります |
こうしてみると、アイピースにおける研磨の良し悪し(平滑度、研磨痕のサイズや密度)がどれほど重要か、ということがよく分かります。こうして結像される点の一つ一つが平滑度の影響で乱されているようなアイピースは「ヌケが悪い」ということになるのではないかと思うわけです。
逆に、結像される点の一つ一つが乱されていなければ、仮に収差があったとしても中心のエアリーディスクはしっかりとした強度分布で得られ、その周囲に暗環もしっかり現れるので、細かい模様が再生される「ヌケの良い」状態になります。
こうして考えると、記事冒頭の焦点位置付近で光束が絞られたところに置くレンズや鏡が鬼門だということにも合点がいくのではないでしょうか。
焦点とガラス面が一致しているピュアラムスデンや、バーローで絞られた細い光束が通過するスマイス入り接眼レンズ、過剰倍率の時のアイレンズ、など、口径による制限以上に像を乱す影響度が上がってしまうことがあり得るわけです。
更に、レンズだけでなく眼の角膜も問題です。角膜は基本的に皮膚なので、細胞の境界などには凹凸に相当する欠陥があると考えるべきで、細胞サイズに応じた適切な最小射出瞳径があるものと思われます。ここが一般的に有効最高倍率と言われる「口径をmmで表した2倍くらいの倍率」、すなわち射出瞳 0.5mm に相当し、個人差もあるのではないかと思うのでした。
逆に、バーローレンズ自体は焦点位置から離れて置かれるので、この問題に対しては比較的寛容です。惑星撮影でバーローが結果を出しやすいことや、バーローと長焦点アイピースの相性が良いというのは、こうしたところから来ているのではないかと思われます。なお、バーローはレンズ枚数の少なさよりも収差補正に力点を置いて選定したほうが良さそうです。
また、双眼装置や天頂ミラーなどの配置とアイピースの焦点位置との相性によっては、像を大幅に乱す可能性も考えられます。このことは逆に、延長筒などを上手く使って、ミラーやガラス面の光束が細くなりすぎないように位置関係を変えれば像質を改善できるという可能性をも示唆しています(未検証)。
また、双眼装置や天頂ミラーとの組み合わせでは、焦点位置がレンズ側に近いクラシカルなアイピースであれば問題が少なくなりそうでもあり、スマイスレンズと組み合わせたアイピースでは良く見えないという事象を引き起こすこともありそうです(未検証)。
因みにアイピースの焦点位置からミラー位置を離すと、今度はミラーの平面度による収差が無視できなくなってくるので、適切な位置がありそうです。こうして考えると、ガラスとの界面が多いプリズム類は最適位置値探しが難しくなりがちかもしれません。
アイピースの「ヌケ」についての御託宣を念写してみました (2021.10.9の Deep Sky Party にて紹介したものを追記しました) |
・光束が細くなるアイレンズ付近はレンズの枚数を少なく
→ H30mmの視野レンズを外し、単レンズに改造しました。
(※視野レンズ外しは nagano kinyaさんを、焦点距離選定はざくたさんのブログ記事を参考にしました。)
・収差の補正は大きいF値で
→バーローレンズとして、パワーメイト5倍を使うことにしました。
究極のプラネタリーアイピースのプロト 単レンズ化3B H.30mm + パワーメイト5倍 |
この組み合わせによって大F値で収差の少ない主鏡光学系が出来上がり、長めの焦点距離の単レンズによって焦点位置とレンズを十分に離し、なおかつこの光学系で最小の光束となる射出瞳径で通過するガラス面を最小に抑えてヌケを良くしたというわけです。3Bの接眼レンズはこれまでの経験では研磨が良くできているものが多く、この用途にうってつけです。(ありがちなH25mmなどでも同様の効果は得られると思われます)
単レンズでも焦点距離が20mmほどになり主鏡F値も25と大きくなるので、収差はさほどでもありません。ハイアイにもなるというわけです。合成焦点距離は4mmという計算ですが、実視ではこれより短めの3.5mmくらいに出来上がっているように見えました。
組み上がった単レンズH30mm+パワーメイト5x の究極アイピースで木星を覗くと、それは間違いなく素晴らしい見え味でした。さすがに収差補正はTMBやS.OR、TOEなどにはやや劣りますが、従来の単レンズKepler 6mmと比較すると格段にシャープな像質です。木星3個分くらいは良像範囲がひろがっています。
3B H.30mm の視野レンズ外し |
(嗚呼、天気が悪くて大赤斑を眺めるチャンスに恵まれてないのが悲しいです)
そういうわけでこれは未だプロトタイプなのですが、来年に向けて本気版を作るかどうするか、思案中です。
究極「ツァイスD40+パワーメイト」 専用の鏡胴を作りました |
その後2022年、光路長差を生む空気とレンズとの界面を減らしたシュタインハイルルーペとバーローの組み合わせが極めて相性が良いという結論に辿り着き、小海の星フェスに持参したのは「ツァイスのルーペ(D40)+パワーメイト」という構成でした。
こちらは、センタリングとアライメントがビシッと出るようルーペ内径に沿う突起と、ルーペの樹脂の平面ときちんと当たる部分を設けた専用のホルダーを3Dプリンタで製作し、究極のアイピースとなったのでした。ツァイスのD40は3枚玉のいわゆるモノセントリックで、焦点距離は25mmです。5倍バーローとの組み合わせで約5mmの焦点距離相当となり、惑星面が恐ろしく良く見えます。
評判の良いBelOMOルーペなども専用鏡胴を製作して試しましたが、対惑星用途ではZeissの方が2段階くらい上手であるようです。Nikonルーペも所有しており同じくよく見えるのですが、専用鏡胴を作れておらず、十分評価できておりません。
D40用アイピース化鏡胴 芯出しリングがミソです |
Zeiss D40ルーペは現在も新品で入手可能で、価格もさほどには高騰していません(2023.9月時点で、Amazonで1万2千円ほど)。鏡胴づくりは必要になりますが、対惑星の究極ソリューションではないかと思っています。
2023年現在、私が惑星観察するときには、ほぼこのD40+バーローの一択となっています。
コメント
しかし…ストレールレシオが100%なら完璧だという誤解、広まっているんだとするとどこから広まったんですかね…
コメントありがとうございます!
そうですね。当然光学設計される方も製造する側も、どのくらいで作るべきなのかということを検討されているのだと思います。
望遠鏡の場合、様々なパーツの組み合わせで異なる状態を作り出せてしまうので、一概に表面性状の影響を言いにくいという面もあるのかもしれません。
>ストレールレシオが100%なら完璧だという誤解
そう。誤解なんだと思います。
アマチュア用望遠鏡の界隈での教科書が「エアリーディスクの中に光を集めるかどうか」に集中しがちなのは、この誤解のせいなのでしょうね。
業界規模がとても小さいので、なかなか伝統的な教科書から脱却しにくい面もあるのだろうなと想像します。
私は知識といえるようなものは何も持っていない初心者ですが、
こんな考察は、今までどこでも見たことがありません。Lambdaさんすごすぎます。
80mmアクロマートのオフセット双眼望遠鏡を使っているのですが、
2本ともほとんど同じ設計で遮光環は中心光量100%周辺光量60%になるように入れてあります。
蹴られはありません。が、
惑星を見ると下段鏡筒の方がシャープに見えることが多いのです。
今までこの理由がわかりませんでしたがただ単に左右の目の性能の違いだと思っていました。
下段鏡筒はオフセット分アイピースまでの光路を長く取らないといけないのですが
つまり、下段の方が太い光束でプリズムを通過することになります。
ひょっとしたらこのあたりが、左右の見え方の違いに繋がっているのかもしれないと思いました。
Twitterだと文字数的に書ききれないのでこちらに書き込ませていただきました。(^_^;)
なるほど、オフセット双眼では接眼鏡とミラーの位置関係が明確に違いますね!
特に、近頃のスマイス入りアイピースでは、アイピースと焦点位置が離れてる傾向がありますので、良くない位置関係だと影響も顕著になる可能性はありそうです。
(ほかにも、右目/左目の差や対物の差もあるとは思いますが)
自分の望遠鏡やアイピースが「良く見えない」と思った時には、ミラーとの位置関係はぜひ確認してみたい事項だと思います。
※ぢつはかなり近い考察を2年前に行っていたのですが、当時は「焦点位置とガラス面」の関係に思い至ることが出来ていませんでした。
https://m-lambda.blogspot.com/2019/06/blog-post_25.html
今日、ちょうど今年初の観望を終えてきたところでした。
体力が無くなって疲れやすく、なかなか出動できません。
ちっちゃい8センチで見てきました。
凄いですね。究極の惑星アイピース!!
こんなことが知られたら高額・高級アイピースを売ってるメーカーは
商売上がったりですよ。(アメリカンサイズのH-30を量産したところで
利益はあまり出ないだろうし)僕的にはぜひ欲しいですけど。
テレビューだけ儲かる・・・・
「常識がひっくり返るとき、そこにはいつも3Bが・・・・・」なんて、
思っちゃいました。
(SR、スーパーチビテレ、そして今回のH-30)
中学の頃、持ってるアイピースは H-16、H-8ぐらい。
金なし、物なし、知識なし。よって怖い物なし。
倍率のバリエーションを増やすためとか、単なる好奇心で視野レンズ外し
(アイピ-スの分解)は、よくやっていました。
結果、眼レンズだけだと視野も狭いしよく見えないし(倍率上がりすぎ?)
持っていたのは4センチF20とか、32ミリF25とかですから。
すぐに却下。H-25があればいい結果が出たのでしょうか?
今は、パワーメイトに似た2郡4枚の5倍バローは持ってるのであとはH-30をなんとか
手に入れれば・・・
いまググってみましたがなかなかありませんね。顕微鏡用の10倍接眼って、H-25ミリ
相当でしたっけ? それならスリーブ径30ミリのやつが手に入るのですが。
これが手に入れば、また重い自作機を出動させる意欲が沸いてきます!!
ありがとうございます。
超焦点レンズとバーローの組み合わせが良いということは以前から言われてるところでしたが、単レンズやハイゲンスが相性抜群というのが面白いところです。
ハイゲンスなら、単レンズ化しなくても実は良いのかもしれません。
そして、顕微鏡アイピースは10倍(25mm)くらいの低倍率が多いですから、これを利用するのも大アリだと思います。ツアイスハイゲンス+バーローも、強烈な見え味だろうと想像しております。
いまどきでは、30.5→31.7mmアダプタも出回っていますから、気楽に試せそうですね。
3Bのアイピースはどれもよく見えますね。
H30はたまたま何かと一緒に自宅にやってきた(たぶん無料オマケ相当)ものですが、単レンズ化でまさかのプラネタリーアイピースに化けました。
つい先日はガニメデの模様もこのアイピースで確認できましたので、なかなかの性能だと思っております。