惑星用アイピースの筆頭として Zeiss D40 ルーペを2022年10月頃より愛用してきましたが、この2023年10月に高橋製作所から発売になった「TPL-6mm」は、これに対抗し得る能力を秘めている可能性ありと見て、緊急入手して比較してみました。
タカハシによる TPLの設計思想の説明と、TOEで見せられたタカハシの光学系の実力、そしてバーロー不要の短焦点レンズということで、これは購入して試すのが礼儀との結論に至りました。
C11(28cm F10SCT)/466倍および 20cm F5ニュートン/167倍での木星観察での対決を行いました。
結論から言ってしまいますと、TPL-6mmは大変優れたアイピースです。もはや良像欲しさでディスコンになったビンテージアイピースに大金を投じる必要はなくなったのではないか、という感想を持ちました(※ビンテージアイピースにはそれぞれ味わいがあるので否定はしません)。現行品で中高倍率の惑星用としては、もうこれ一択でいいんじゃないかとも思うのでした。
ちなみにこの TPL-6mm と ツァイス D40 対決の詳細は、後段を御覧ください。結論は、「僅差だが間違いない差が互いにある」です。
記事の方は、勝負の行方の前に、まずは双方のウンチクから行きたいと思います。
Zeiss D40 "aplanatisch-achromatischen" ルーペ と、タカハシ "オリジナルのプローセル" TPL-6mm ルーペは25mmなので、バーローレンズと組み合わせて使います |
■ タカハシ TPL シリーズ
これまで、タカハシは惑星用にスマイスレンズを内蔵した超短焦点のTOEシリーズの他、3群5枚構成のいわゆる「プラン」「マスヤマ」に分類される方式のLEシリーズ、クラシカルな 2群4枚構成の Abbeシリーズをラインナップしていました。これら LE/Abbe シリーズは2022年に生産終了となり、その後継は「鋭意開発中」となっていました。
TPL シリーズは「タカハシオリジナルのプローセルタイプアイピース」として2023年7月14日に発表、同20日に第一弾の 12.5 / 18 / 25mmが発売され、同年10月4日には 6 / 9mmが発売されてラインナップが完成した、2群4枚構成、見掛視界48°のプローセルタイプアイピースです。
同社のアナウンス(こちら及びこちら)によれば、「「高屈折低分散ガラスを使用」「全面を可視光全域で99%以上を透過する多層膜コート」「非点収差、像面湾曲の兼ね合いを取った設計で最適化」されており、また、「良質なバローレンズとの相性が良く」設計されており、同社の Abbe や LE と比較して色収差が更に取り除かれているとのことです。
レンズ構成は、Cloudy Nights にアップされていたX線透過写真(TPL-12.5mm)によると、対称型プローセルのようです。一方で、レンズ同士は接近しており、スペシャルラムスデンと同様にレンズ面での光束が太くなる設計にも見え、ヌケに対する期待も高まります。
光学系だけでなく、TPLは鏡胴の作りも気合が感じられます。よく設計されたゴム見口や、まつ毛とレンズの接触を防ぐレンズ部の凸形状など、覗きやすさにも工夫が凝らされています。鏡胴内部のつや消し黒塗装も大変丁寧で、第一級のアイピースであることを感じさせます。また、31.7mmのバレル部に抜け止め溝がない寸胴であるのも、評価プラスと捉える向きも多いのではないかと思います。
価格は、2023年の発売時点で TPL-6/9 mm が 20,900円、12.5 / 18mm が 22,000円、25mm が 24,200円(いずれも消費税10%込)と、高級ではあるものの高すぎる設定にはなっておらず、TOEの 38,500円と比べるとだいぶ抑えられているとも言えます。
同社による「プローセルというくくりではひとえに判断できません。」という紹介文も見逃せません。アイピースの良し悪しは、特に惑星用途においてはレンズの枚数や構成が決め手にはならないことは、当サイトでも散々眺めてきました。タカハシの自信を感じる一文です。
アイピースの性能は、光線を収束させる収差設計もそうですし、設計通りに作られ、性能を発揮できるだけの研磨・組み立てが行われていることで総合評価が決まります。
■ Zeiss D40 ルーペ + パワーメイト
Carl Zeiss Vision GmbH社による「Aplanatic-Achromatic」と銘打たれた宝石鑑定用ルーペの中で、D40は 3枚玉モノセントリック、10倍(焦点距離25mm)のものです。他に、6倍のD24、3倍と6倍の2種がセットになったD36があります。説明書きを読むと、色収差と歪曲をほぼ完全に補正したルーペである旨が記されています。
D40ルーペ用鏡胴 |
このD40とバーローと組み合わせると、惑星用高倍率アイピースとして無類の高性能を発揮します。何と言ってもヌケの良さは天下一品で、比肩するものがあるとは思われないレベルです。強いて難があるとすると、アイポイントの高さゆえ、覗く方向を大きく変えると収差補正の状態が変わってしまうという点ですが、直視すれば良いという話ではあります。
レンズ面から離れた位置に焦点を結ぶことでヌケが担保され、Zeissの研磨の良さと収差補正が組み合わさり、特に惑星面の模様の解像度や濃淡の見え方では、これまでに私が所有してきたどのアイピースよりもよく見えます。
TMBのSuperMONO 4mm/5mm や、Pentax XO5、XP3.8 や、クラシカルな谷オルソ 4mm、CZJ 4-O、3B スーパーオルソー4mm、ダウエルオルソス4mm などと比較してもこのD40とパワーメイト(PM)のコンビに軍配が上がります。PMと組み合わせたZeiss ハイゲンスと比較でも、収差補正で僅かにD40が優りシャープに見えます。
このルーペは2023年現在も新品で入手可能で、価格も無茶な設定にはなっていません。私の入手時点では、一つ1万2千円ほどでした。宝石鑑定用に白く枠が取られたものと、黒枠の2色があります。天体用には黒の方ががよいでしょう。
■TPL-6mm のインプレッション
中心像:S+、周辺像:A+、視野:約48°、フレア:S 、ゴースト:S
(対惑星の表面模様:S、キレ:S)
タカハシ TPL-6mm |
さて、TPL-6mm のインプレッションです。鏡筒は C11(28cm F10) と SE200N(20cm F5)を用いましたが。長時間の惑星観察を行ったのは C11 の方です。
TPL-6mm を最初、土星に向けてまず印象的だったのは、背景が黒く微光星がよく見えることです。背景が黒く微光星の検出に適したアイピースとしては Zeiss のアッベオルソやハイゲンスなどを覗いてきましたが、それと比肩するくらいの黒い背景と微光星の見え方でした。また、明るい惑星像の周囲に見えるフレアもよく抑えられており、研磨のレベルも一定以上に高いことが伺えます。
土星本体の見え方はカッチリしており、傾きが浅くなって見えにくくなっている2023年のカシニの空隙や、環が本体に落とす影とともにしっかりと見えたことは印象的です。木星に向けてみますと、やはり輪郭がカッチリとしています。表面の模様もよく見えており、TMB スーパーモノセントリックといい勝負してる、というのがインプレッションです。
視野周辺でもアイピースに起因する像の崩れはよく抑えられています。
惑星向けアイピースの見え方には、個人的には「切れ味」「表面模様」の2軸があると思っているのですが、タカハシのTPL-6mm はその中心像において、この「切れ味」が特に優れているように感じられました。
「表面模様」に対しても十二分な見え方を示しており、濃淡も TMB SuperMONO と同等によく見えます。記事冒頭にも書いたように、もはやディスコンになったビンテージアイピースを高額で買い求める必要は無くなった、という印象です。もちろん、ビンテージアイピースにはそれぞれ味や長短があるので、その味わいを否定はしません。しかし、「惑星をよく見たい」という素朴な欲求に、タカハシTPLは間違いなく答えてくれているという結論です。
比較に使ったC11鏡筒による木星 (イメージ図です) |
■対決の行方: TPL-6mm vs Zeiss D40
前述のようによく見える タカハシTPL を、Zeiss D40ルーペ(+パワーメイト4倍)と比較してみました。土星と木星で何晩かかけて確認した結果ですが、あくまでも個人的な感想である点についてはご容赦ください。
※いずれも大変よく見えるアイピース同士の比較ですので、僅差です。
まず、土星ですが、こちらは TPL-6mmの方がシャープに見えます。輪郭のシャープネス、極めて細くなったカシニの空隙の見え方の「先鋭感」は、ごく僅差ながら Zeiss D40ルーペを上回っていると感じました。本体に落ちている環の影と環の中にあるカシニの空隙を分離するのは当日のシーイングと20cmでは困難でしたが、28cmのC11ではどちらのアイピースでもかろうじて確認でき、そのコントラストは TPL-6mmの方が優っていたという感想です。すなわち、いわゆる「キレ」の観点では TPL-6mmに軍配が上がります。
木星についても輪郭のシャープネスや、木星に落ちた衛星の影の輪郭は TPL-6mm の良さが際立ちます。模様についても、Zeiss D40で確認できた模様で TPL-6mmでは見えない、というものを確認することはできませんでした(その逆もしかり)。解像度という観点では、TPL-6mmと D40 は互角のようです。
一方で、表面模様のグラデーションの見え方は Zeiss D40に軍配が上がります。Zeiss D40は、シーイングが良くなる一瞬に「グワッ」と微細な濃淡が見える瞬間が度々あり、微細な模様の存在に「気付かされる」ことがあるのですが、TPL-6mmにはこれがありません。もちろん、よく見えるシーイングの一瞬というのはTPL-6mmを覗いた際にもありますし、D40で気付かされた模様がTPL-6mmで見えないということもないので、ごくごく微妙な差だと思うのですが、「気づかせる何か」がD40ルーペには確かにありました。一晩に何時間もかけて幾度となく比較しましたし、複数回の晩、鏡筒を替えたりして確認しましたが同様でしたので、アイピースの微妙な差であると結論づけました。
そういうわけで、対決は「土星を見るなら TPL-6mm」、「木星の表面模様なら Zeiss D40」という結果となったのでした。繰り返しになりますが、超絶僅差です。どのくらいかというと、2時間比較を繰り返し続けて差を認識できるかどうか、です。
「これから惑星用アイピースを」、と、お考えの方は、迷わずに TPL を買い求めておけば、それ以上のものに出くわすのは稀だと思います。
追伸ですが、C11でオリオン大星雲をTPL-6mm 466倍で眺めてみましたところ、ガスが織りなす模様の中にトラペジウムE星F星があっさりクッキリ見えて、なかなか感動的でありました。低空のシリウスBも確認でき、TPL は重星用としても大変ポテンシャルが高いアイピースだとの認識です。
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(惑星向けアイピースの関連記事)
アイピース蒐集の顛末2022 (TOE3.3mmの記事があります)
究極の惑星アイピース -「ヌケ」の謎 (表面模様をよく見せる「ヌケ」の考察があります)
火星接近で確かめた新入り高倍率アイピース達 (TMB Super Monocentricの記事があります)
惑星向けアイピース見比べ2020 - 表面模様&キレ味編 (CZJ 4-O、Vixen HR2.4、Tak TOE3.3mm、Pentax XO5 / XO2.5 / XP3.8、TeleVue Radian 4mm)
ダウエル接眼鏡。 (レンズ構成では性能など決まらない、という痛烈な現実を教えてくれます)
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コメント
OK, I can send the STL(3D) data.
Give me email, then I can send you the file with some notes.
(The adapter design is optimized for specific printing process and material, and requires additional manufacturing after printing a little.)
The address is here;
https://drive.google.com/file/d/1NfPogIzdebzC4RzPJ7n-isMpjno0I8F8/view?usp=sharing