「色消しラムスデン」は、書籍の中に用語としては現れるものの、市販されているのを見かけたことはありませんでした。ほぼ幻かとも思われたアイピースですが、Astromart経由で入手していた米CRITERION社のアクロマティックラムスデン A.R. を、このたびテストしてみました。
相変わらずどこにも需要のない記事とは思いますが、世界(唯)一のラムスデン情報サイトを自認する当ブログとしては、色消しラムスデンを無視するわけにはいきません。この形式にアイピースに関する記述や CRITERION社、そしてA.R.のレンズ構成や見え味についていくつか調べてみましたので、記録として書き残しておきたいと思います。
CRITERION社の Achromatic Ramsden アイピース (DYNASCOPEの付属品と思われますが、どの世代の物かは不明です) |
ちなみにこのCRITERION社の色消しラムスデンはその呼び名が適切なのかどうかも謎な構成でした。なぜ同社がここまでラムスデンという名称にこだわるのか、これは謎なのですが、ラムスデン研究家として背景にも近づいてみたいと思います。
■ 色消しラムスデン
C.J.R.Lord氏 による"EVOLUTION of the ASTRONOMICAL EYEPIECE (1996)"によれば、色消しラムスデンは Leitz社(ライカ)の創立者である Carl Kellner による発明で、ラムスデンの眼レンズを2枚組の色消しにしたものです。発明はいわゆるケルナー式と同年、1849年になされたものでした。1783年のラムスデン式の発明の後、実に66年後のことです。
ケルナー式との違いは、視野レンズに視野側が平面の平凸レンズが用いられている点で、非常に似ていると言えます。ケルナー式との像の比較では、アクロマティックラムスデンの像の平坦性はラムスデンの特性そのままに、視野の広さが犠牲になっているという違いがあります。
レンズ構成の変遷は M.Bobbio氏によるアイピースの系譜図にまとめられており、興味深いです。
児童百科の記述 (玉川児童大百科辞典) |
同著のアイピースの記述に関しては「ケルナー式がハイゲンスの眼レンズを色消しにした負の接眼レンズである」と記載するなど明らかな誤解も散見され、アイピースに関する内容についてはリファレンスには残念ながらなり得ないとの認識です(時代的にやむを得なかったとは思います)。
色消しラムスデンについては他に、児童向けながら詳しいことが書いてある「玉川児童百科大辞典」にも記述が見られます。日本では「旧式・安物」の汚名を着ていたラムスデン式ということもあって、あまり解説が残されていないのが残念です。
なお、現代でも高く評価されているケルナーやプローセル、アッベ式などはラムスデン式の派生型・改良型と言って差し支えないかと思います。
CRITERION社のDYNASCOPE "Achromatic Ramsden"が付属します (S&T誌1954年12月号より) |
なぜ、今回入手した色消しラムスデン A.R. は、米国CRITERION社によるものです。同社は米国コネチカット州の望遠鏡メーカーで、Sky&Telescope誌に最初に出した広告は、1954年4月の40mm屈折望遠鏡でした。アイピースは3種、と書かれていますが、形式は不明です。
同年12月には 4インチ簡易赤道儀のDYNASCOPEの広告を打ち、この付属品として "Achromatic Ramsden"が登場するのでした(9mmと7mmであったと推定されます)。Dynascopeシリーズは同社の主力製品となりますが、後の本格的15cm反射赤道儀の Dynascope RV-6 でも Achromatic Ramsden が採用されていました。
CRITERIONの競合であったUNITRON(日本精光)が、既にケルナーやシンメトリック(SYM、プロ―セル)やオルソスコピックをラインナップする中、CRITERION社が「ラムスデン」にこだわったのは全く謎です。
1944年の C.C.Young社の広告 宣伝している製品がラムスデンです (S&T誌1944年12月号より) |
広大なアメリカにそれほど多数の望遠鏡メーカーがあるわけでもない時代、数km圏内のご近所の望遠鏡メーカーがラムスデン屋だったわけです。
きっと、同社間で交流もあったでしょうし、その中で何かラムスデン式に対するこだわりのようなものが培われたに違いない、と思うのでした。
あるいは、第二次世界大戦当時ないしはその記憶が色濃く残る年代では、Kellner や Abbe 、Plossl といったドイツ名やドイツ的な名称が商業的に人気になりにくかった、という背景もあるのかもしれません。そういう意味では、英国発のRamsdenは語感がよろしかった可能性はあります(想像ですが)。
1978年11月号のS&T誌の広告からは様相が変わり、同じ Dynascope RV-6 の付属アイピースも「Symmetrical」「Orthoscopic」と銘打つようになり、同社の広告は1982年で終了となりました。しかし、Achromatic Ramsden の広告は 1954年から実に24年間にわたって掲載されていたのでした。
■ 色消しラムスデン A.R.のレンズ構成
分解して仰天しました。3本いずれも、文献に掲載されているアクロマティック・ラムスデンとは異なるレンズ構成でした。ラムスデン式の特徴である「視野側、眼側の面が平面」という点は確かに踏襲していましたが、文献にある「眼レンズを二枚玉の色消しにした」という構成ではありませんでした。
① 12.7mm と 18mm はプロ―セル
分解してみたところ、A.R.12.7mmと18mm はいずれも2群4枚の対称と見られるプロ―セルでした。
12.7mmは、レンズを収める内筒の中にレンズとスペーサーが収まり、この内筒が覗き口のある銘板入りのプレートにねじ込まれ、プレートが絞り環入りの鏡胴にねじこまれているという構成です。
18mmの方は、内筒の内径側にスペーサー相当の段差がつけてあり、視野レンズ側は視野環が内筒にねじ込まれるという構成になっていました。
CRITERION Achromatic Ramsden A.R. 12.7mm 対称なプロ―セルに見える構成で、眼側・視野側が平面になっています |
② 7mm は変形リバースドケルナー
A.R.7mmは他のものとは異なっており、2群3枚の構成でした。但し、文献とは異なり、眼側が平凸単レンズで視野側が2枚の色消しという構成で、眼側と視野側が文献の記載とは入れ替わっています。
いわゆる「リバースドケルナー」もしくは「トリプレーン」とでも言うべき構成ですが、視野側と眼側のそれぞれ外側の面が平面である点に「ラムスデン式」の形式の特徴が残っているとも言えます。
20cm F5ニュートンで、アクロマティック・ラムスデンを試してみました。A.R.7mm は木星で、12.7mm と 18mmは M45および二重星団で像を堪能しました。
A.R.12.7mmと18mm は、いずれも似た、素直な見え方を見せてくれました。中心はシャープで色収差も無く、ニュートン反射のコマ収差が素直に見えるという具合の見え方です。比較は谷光学 Er.16mm、Vixen K-20mm、谷光学 K.25mm、Or.25mm で行いましたが、星像そのものは Er.16mm と同程度のシャープネスに見えました。K-20mmよりは明らかに像の崩れが少なく、K.25mmと同程度の周辺像の崩れとなり、視野全体にわたって比較的良好な像を結びました。分解してこれがプロ―セルだと分かり、納得の星像です。
一方で、視野全体はやや暗く感じられ、微光星の見え方はやや劣っているように見えました。A.R.はノンコートではなくシングルコートと思われるコーティングが施されていますが、透過率は必ずしも十分ではないようです。
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今回試した A.R. は、「ラムスデン」と呼ぶには高級で、教科書通りでもないレンズ構成でしたが、1970年台以前のアイピースを覗いてみる良い機会となりました。
CRITERION社(と近くの C.C.Young社)が「ラムスデン」にこだわりを持っていたのではないか、と考えるに足る情報が集まり、覗いてみてもそのこだわりを感じられるという意味でもよい機会でした。
当ブログは世界(唯)一のギネス級ラムスデン情報サイトをめざしていますが、半世紀以上も前にラムスデン式の良さを世に知らしめてくれた米国コネチカット州の光学メーカーにの前には帽子を脱ぎたいと思います。
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