レンズ設計、これでいいの?後篇(望遠鏡って、なんだっけ?)

高倍率アイピース決戦に向けた考察も大詰めです。「望遠鏡とは何か」というところに立ち返って、なぜSR4mmの解像度がやたら高いのか、"ヌケ"の正体とは何なのか、その疑問に肉薄してみたいと思います。

■ 望遠鏡って、なんだっけ?
 下の望遠鏡の図は小学生向けの入門本にもよく出てくるケプラー式の望遠鏡の解説図です。
 小学生の頃の私は、これを見て、
 「なぜ、光が集まって小さくなってるのに大きく見えるんだろう?
 と思ったものです。

望遠鏡=「見掛けの空間周波数を落として眼で見えるようにする」器械
(入門書のこういう図を見て「ちっちゃくなってるじゃん!」とか思いませんでした?)

入門本には、「望遠鏡は集光器なのです」とか説明が添えられてたりするのですが、それでどうしてモノが大きく見えたり細かいものが見えたりするのか、私には分からなかったのです。
 もっとも、そんなことを思ったのは私ぐらいなのかもしれません。一般的な小学生なら、レンズが実空間と波数空間とを変換する物体だということくらい瞬時に理解するものなのかもしれませんが、私には無理でした。
 見えている「物の大きさ」は角度で表されて、その角度が拡大されるんだということが分かるのにもずいぶん時間がかかりました。

さて、この上の図を説明しますと、まず、平行光は対物レンズに対して像ではなくて"波数情報"として入ってくるということが基本です。
 なんのこっちゃい?と思われると思いますが、望遠鏡の中心軸から遠いところから来た光ほど細かい情報(高周波成分)を含んでいます。だからこそ、大きい口径ほどより分解能の高い高周波の情報を取り込めるのです。

 そして、対物レンズでこの平行光は一定の大きさに絞られ、集光されながら接眼レンズで再び平行光にされます。集光された平行光は瞳に入り、網膜上で像を結ぶというわけです。
 この瞳に入っていく平行光もまた結像する前の"波数空間な光"なわけですが、口径と比べるとずいぶん細くなっています。光束が小さいというのはつまり、見掛けの解像度が下がっていることを意味します。これは小さいものが大きく拡大されているのと同じことです。

 このことは、望遠鏡の倍率とは、「見掛けの解像度」を下げて瞳に光を送り込むものだ、ということを意味しています。
 つまり、見掛けの解像度が下がることで「より細かくない絵=倍率がかけられた像」を見せる、というのが望遠鏡の本質の一つだったというわけです。

 入門本の図にもこんな意味が込められて書かれていたのかと思うと、なかなか侮れません。

■ なぜ、過剰倍率で像が劣化するのか?
 いわゆる過剰倍率にすると、低倍率で見たよりも像がぼやけてしまって見えなくなる、というのは昔から体験してきたことです。
 これに対する説明として、「暗くなってしまって見えにくくなる」とか「口径以上には見えてこない」とか言われているのですが、私は「そもそも分解能自体が下がって細かい模様が見えなくなってるんじゃないか?」という疑念を最近になって持つようになりました。

 だって、星雲を見てるわけじゃないのですから、明るさがそこまで致命的とは思えないのです。また、すこし低めの倍率の時より細かい模様が見えなくなっていることは実際に体験するところです。

 その理由のヒントが上の図にあるな、と睨んでます。

 望遠鏡は「見掛けの解像度を下げて目に見えるようにしてくれる道具」ですが、あの細い瞳径の中に全ての解像情報が集まるわけです。倍率が上がれば上がるほど、瞳径は小さくなります。

 例えば接眼鏡が同じ研磨精度のまま瞳径が小さくなると、僅かなサイズの研磨誤差でもより多くの周波数情報を欠落させてしまうことにわけです。このため、小さい瞳径に対応するには相応の面精度が要る、つまり、高倍率アイピースには相応の研磨精度が求められる、というのが私の仮説です。
 吉田博士は「アイピースの研磨精度は大して要らない」と仰っていますが、それは情報が凝縮されていない普通の光束を再生するルーペとしてならその通りだと思うのですが、やってくる光束にはもともと太い対物レンズの高解像度情報が凝縮されて含まれているのです。
 デジタルのフーリエ変換で言えば、研磨精度が悪いアイピースを使うことは「逆変換前の周波数ステップが粗い」ことに相当するように思えます。これでは再生される像から情報が欠落してしまうというわけです。

 更に、瞳自体まで考えを広げると、角膜などは所詮皮膚ですから精度は有限です。瞳径がある一定になると、瞳自体が持っている誤差が効いてきてしまって、分解能は低下するものと考えられます。
 経験則では瞳径は0.5mm前後が下限とされています。そこいらが肉眼(水晶体)の性能なのでしょう。これがちょうど、倍率に直すと対物レンズの径の2倍になっているというわけです。角膜の細胞サイズなどを考えると、これは現実的なサイズなのかもしれません。

 ですから、それ以上の「過剰倍率では実際の分解能が低下してしまって細かい模様など見えてこない」というのは理屈に適っていたということです。決して、暗いから見えなくなるのではないと思うのです。

 こうなって来ると、レンズ枚数が多いアイピースは分解能の面では加速度的に不利になります。SR-4の分解能が異様に高いのはそういうことなんだな、という仮説にはたどり着きました。おそらく空間周波数情報の再生能力みたいなものが、言い伝えに聞く"ヌケ"と呼ばれる特性なんじゃないかと思うのです。
そういう意味で、高精度研磨の単レンズへの期待は大なのです。

また、スポットが小さくない位置で光を通すバーローは影響が軽微だとも考えられて、惑星の撮影で好んで使用される理由がよく分かります。
この意味で、スマイスレンズ+2群3枚のHRへの期待も高まるというわけです。

あるいは、よくバランスの取れたSR4が来るのか、同様の2枚レンズのハイゲンスや名門ミッテンゼーが来るのか、この梅雨空の中悶々とする毎日なわけであります。

■ 番外:ニセモノTMB復活の呪術(未確認)
 さて、こんな話と、偽物TMBの復活の儀式に何の関係があるのか、というと、それはモノセントリックを復活させた故Thomas Back氏が、どういう気持ちであのPlanetaryII の一群五枚のレンズ構成に辿り着いたのか、というところに想いを馳せたからです。

左側:ホンモノ(6mm)、右側:ニセモノ(3.2mm)
TMB Planetary II
レンズを「1群」にして貼り合わせると、貼り合わせ面は屈折率がガラスに近い接着剤などで満たされるので、空気との境界面に比べて精度への要求が緩くなります。
 おそらく氏は、空気との境界面を最小化するという発想でこの1群5枚構成(*)とスマイスレンズとの組み合わせにしたのだろうと思います。
(*)油を挿そうと思って再分解したら、レンズだと見えていた物体がスペーサーだったということが判明しました。このアイピースはスマイス+2群3枚の計3群のレンズ構成でした。お詫びして訂正申し上げます。
そういう意味で、ビクセンHRはこのアイピースにかなり似た構成だと言えます。

直接ご意見を伺えないのが本当に残念です。
国際光器さんがまとめておられるThomas M.Back氏のコメントを読んでいるだけでワクワクしてきます。

で、本題の儀式ですが、多分これが役に立つ人はいないとは思いますが、復活の儀式とは1群5枚のレンズにクレ5-56を吹くこと、です。屈折率が空気より高い油を隙間にしみこませることで、バルサム貼り合わせに近い効能を発揮してくれるのでは?という期待からです。

あくまでもコレは、捨てようかと思っていたパチモンを復活させる試みでしかなく、また効果も未検証ですから、良い子は真似してはいけません。
上記の誤認識のため、貼り合わせの接着剤や油が入っていないことがゴーストの原因ではないかとの想定のもと対策を立てましたが、このダメダメ偽物アイピースを復活させる手立ては無いようにも見えます。無念。

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そんなこんなで、とりあえず過剰倍率の謎やSR4の解像度の秘密も見えてきました。こうした考察を背景に、光学設計の歴史に感謝しつつ、アイピースの頂上対決に臨んでみたいと思います。晴天を待ちます。

プレゼント企画も、まだ締め切られておりませんので奮ってご応募お待ちしております。

コメント

匿名 さんのコメント…
特に応募するつもりはないですが対物レンズor反射鏡の球面収差がアンダーかオーバーくらいは
わかる実験(対決)にしたほうがいいかと思います。対物レンズとアイピースで色収差を消す手法は
昔からありましたが分解能を左右する球面収差もアンダーとオーバーで総合するとよく見える
という結果は容易に理解できます。たまたまお持ちの機材がSRとよく打ち消していただけなんてつまらない結果ならがっかりしませんか?
Lambda さんの投稿…
コメントありがとうございます!
テストは一応ニュートン反射ですので、対物鏡の色収差と球面収差はゼロの前提です。
ヒマがゆるせばフーコーテストも試してみたいところではありますね。
ただ、この鏡筒の主鏡精度が足りない(球面収差が問題になるような非放物面な)気はしていません。