レンズ設計、これでいいの?前篇(歴史に学ぶ)

プレゼント企画アイピースダービー高倍率頂上対決の前に、じっくり考察はしておきたいと思っています。なにせ、それなりに名のあるアイピース達が極貧ラムスデンの前にあえなく撃沈されていく事件があって、いろいろ考えざるを得ないのです(*注)。
 こと高倍率アイピースに関しては、ホイヘンス(ハイゲンス)の時代に始まったレンズ設計のドグマが何か根本的に間違っとるんじゃないか、と、かなり疑心暗鬼に陥っております。
 ちなみに、私は光学理論についてはマトモに勉強したことがないド素人なので詳しいことは全く理解の外です。だけど、教科書に書いてあるナントカ収差の違いが高倍率アイピースの中心像の現物ではサッパリ確認できないことは、写真で証拠を示してきた通りです。
 ハイゲンスの星像はラムスデンより更に8倍球面収差が多くてオルソの何十倍も肥大化している筈ですが、恒星像の写真を何度を見てもそんな姿は見えません。私の目が腐っているのでしょうか?望遠鏡が悪いのでしょうか?

(*注:もしも私がSR推しだと思われたのなら、それは少し違います。ヤフオクで競り落として高いお金を払って買ったアイピース達が300円以下のオモチャに負けていくと立ち直るのに時間かかるくらいショックなんですよ!
 これ、設計者は悔しいと思わんのかね、と。購入者は悔しいすよ。でも、SR-4にはハマって結局10本以上買っちゃいましたハハハ :-P)。

■ 収差は低倍率で良く見える
 経験的に、収差の影響が良く見えるのは低倍率・広視界の時のように思われます。スポットダイアグラム的な星像の変形も良く見えます。そして確かに、高価なアイピースを用いると広い視界の隅々まで気持ちよく覗けるのは間違いありません。これを眺めていると、ホイヘンスの理論の正しさには敬服するわけであります。
 こうした低倍率で見る収差は、高倍率観察とでは見ている倍率も考える視野も全く違っているので注意が要ります。低倍率ではより中心から離れた像までを観察しているのに対して、高倍率ではほぼ光軸の中央しか見ていません。

 こうした低倍率での視野周辺の収差の補正の話と、高倍率で惑星を観察するときの分解能の話はイコールなのかどうか?、とてもとてもとてもとても疑問に思えてしまっているのです。
 だって、大枚はたいて揃えてきた名だたる高級アイピースが雁首並べて200円強(今日見たら213円でしたw)の玩具ラムスデンに敗北して誰も勝てない(*)のですから。(*頂上対決の選手たちはまだ試してません)
 ちなみに、SR-4mmはマジでよく見えます。製造ばらつきかと思って何本も買って覗きましたが、偶然ではないようです。筒内気流対策の時に写した木星も、SR-4mmによるものです。

※天文リフレクションズ編集部のツイートで、「このSR4の焦点距離は4mmではなく6mm前後ではないか」とのご指摘がありました。私もそう思います。どこかで言及せねばと思っていました。想像するに、オモチャ向けに高倍率を謳うためにこういうことになっているのかもしれません。

■ 光学設計発展の歴史
故・吉田博士による入門書
ガリレオやケプラーの望遠鏡では、確かに土星の環が輪っかであることを確認できませんでした。
 歴史は、これを「環である」と見破ったのは接眼鏡を発明したホイヘンス(ハイゲンス)兄弟だとしています。ホイヘンスはほかに火星表面の模様も発見して、火星の自転周期を求めるに至っています。
 光の波動論を唱えて光学理論をひっさげたホイヘンス(弟)は、色収差を克服する方法として長焦点化を発案し、兄弟で空気望遠鏡を開発しています。この、「一つの理論から突きあたった姿を具現化しようとする」姿勢、私は大好きです。
 このホイヘンス弟を始祖として、「良く見える望遠鏡=収差補正」という図式が出来上がったものと思われます。"ガリレオやケプラーの望遠鏡は単レンズだから駄目だったんだ"という教義です。

 確かに歴史の流れを見ると、それまで見えなかったものをクリアに見せたハイゲンス式接眼鏡の威力と功績を称えないわけにはいきません。ホイヘンス弟が屈折現象を理解した上で、偉大な理論を打ち立てたことは間違いありません。

※接眼鏡を発明したほうのホイヘンスはおそらく兄の方だろう、とされているようです。

■ 「レイリーリミット」条件を満たせば分解能はOK…か?
 勲二等の大家、故・吉田博士の望遠鏡の本*を読んでも、現代の望遠鏡光学の源流がホイヘンスにあることがよく分かります。同著でも、収差の補正を主眼に置いてアイピースについても解説されています。しかしそのほとんどは視野周辺での像の崩れについて述べたものです。
 その同著によれば、接眼鏡の解像度について、「アイピースの研磨精度はかなりテキトーでもレイリーリミットを満たせる」旨の記述があります。現代の光学製品は、この考えを踏襲しているフシが無きにしも非ずな感があります。
 しかし一方で同著では「レイリーリミットというのは理論でも何でもないタダの便利な目安」だとも明言されていて、レイリーリミットとやらを満たしたからと言って本当に良く見えるのとは違い、より高精度が求められる場面があるとも仰っています。
 更に、後継にあたる1989年の書籍からはレイリーリミットの解説自体が削除されていました。
 そして私の実験では、かなりテキトーな研磨でもOKなはずの接眼鏡でも、製品の違いによって回折リングの見え方には明らかな違いが見え、収差の違いは見えなかったのであります。

1978年発刊当時には、
既に多くの種類の接眼鏡がありました
*同著「望遠鏡光学」は天文アマチュア向けを謳った入門書ですが、1978年発刊にしてモノセントリックアイピースや見掛け視界120度超級のアイピースなどを解説しており、21世紀のどうでもいい入門本の遥か先を行っています。改めて初版本を入手してしまいました。こういうのを見ていると、このジャンルは軽く50年くらいは進歩がないまま過ぎ去ってしまうものなんだなあ、としみじみ思います。そう考えると、ホイヘンスもさほど昔には思えなくなってきました。
 ちなみに1989年の同シリーズ「屈折編」では、ナグラー4種について特性が論じられています。

■ 疑問噴出でござる
 こうして状況証拠が積み上がってくると、「研磨精度が適当でもOK」理論には疑念を抱かざるを得ません。
 全くの空想でホイヘンスの功績を云々するのはだいぶ気が引けるのですが、ホイヘンス兄弟は空気望遠鏡や接眼鏡を発明しただけでなくガラスの研磨方法も新開発していることを考えると、土星の環や火星の大シルチスの発見は、ハイゲンス式接眼鏡による収差云々とともにガリレオやケプラーの時代より進歩した研磨精度によるところも大だったのではないかという気もしてくるのです。
 ホイヘンスより後のハーシェルが、接眼鏡として単レンズの水晶球を愛用していたことも気になります。

 要するに、収差補正やレイリーリミット的な光の強度、しかも設計値だけを使って分解能を論じるのには、少々無理があるんじゃないか、という疑念です。
 ハッキリ言うと、CADでお絵描きしただけの設計値をカタログで自慢するのも違うんじゃないか、と。だって、「図面上はλ/100の精度(の絵を描きました)!」とかいう鏡を見たって、フツーは「測ってみてよん」と思うじゃないですか。ちがいますかね。

 …と、ここまで書いてだいぶ長くなってしまったので、続きは次回に回したいと思います(ゴメンナサイ!)。

 ちなみに続きの考察からは、「倍率を上げ過ぎるとかえって分解能が落ちる現象とはなにか」といった疑問や、「火星の環を発見したニセモノTMBを復活させられるかもしれない呪術」や、「結局どうやってアイピースの性能(分解能)を定量的に実測すんのか」という人類が抱える課題に答えられるよう精進して参りたいと思います。



にほんブログ村 科学ブログ 天文学・天体観測・宇宙科学へ

コメント

星のGG さんの投稿…
今回の「レンズ設計、これでいいの?」シリーズは小難しいですね。
6桁の数字を憶えても直ぐに忘れる老人には難解です。
そもそも、最初の方に書かれている「ホイヘンスの理論」ってどんな理論なんでしょうか?
そこが分からないので先に進めません。
よろしければご教授をお願いします。ネット上のここを見ろでも結構です。
Lambda さんの投稿…
星のGGさん、いつもコメントありがとうございます!

ちょっと長たらしい説明になってしまってすみませんでした。

このシリーズで言いたかったことは、「収差補正さえ頑張ればOK」という17世紀の考え方が今も解消されている、ということでした。

ホイヘンスの原理は、なぜ屈折や回折という現象が起こるのか、ということを波の性質から説明したものです。
「やってきた光はの波は、その波面の各点から球面状に伝わって、その球面の包絡面が次の波面になる」というものです。
この原理によって光がどのように屈折して像を結ぶのかが計算できるようになりました。
また、収差も計算できるようになったので、彼らはそれを応用して空気望遠鏡や接眼レンズを発明して土星の環なんかを発見していった、という歴史です。
Lambda さんの投稿…
すみません、誤字です
解消→継承
です