ピュアラムスデンと高級接眼鏡で考える収差とシーイング

以前、単レンズとして素晴らしい像を見せてくれた平凸レンズをもう一枚購入して組んだピュア・ラムスデンを試してみて、色々と考えさせられる結果となりました。結論から言いますと、思ったほどには良く見えなかったのであります。ガーン。最悪シーイングだったせいはかなりあると思うのですが、名だたるアイピース(SR / HR / XO / XP / TOE / Radian)との見比べでは発見(?)もありましたので、まずは中間報告と考察です。

 もともとは亜種のスペシャルラムスデンSRの中心像がどれもこれもよく見えることや、諸収差なんぞガン無視した単レンズが惑星表面の微細な模様を見せてくれたことに端を発して、良いアイピースも含めて色々試してしまった私であります。
 このピュア・ラムスデンは、そんな私が二枚玉の最高峰をめざして組み上げたアイピースであったわけです。

■ピュア・ラムスデン
自作したλ印 ピュアラムスデン
PURE R. 6mm
本来のラムスデン式接眼鏡は、「同じ焦点距離の平凸レンズを2枚、凸面を向かい合わせるように」したものです。オリジナルの設計によれば、平凸レンズの主点の間隔をレンズの焦点距離と等しくすると軸上の倍率の色収差を消すことができ、球面収差もそれなりに補正されることになっています。
 ところが普通のラムスデン接眼鏡は眼側のレンズの焦点位置に視野レンズがあるため、レンズのゴミが良く見えてしまうのが欠点とされ、このため通常のアイピースではレンズ間隔を狭めて使うのが通例とされています。
 この使い方のために、色収差も球面収差も補正が不十分なのが通常のラムスデン式だというわけです。
 そこで、レンズ間隔を元のラムスデン式の通りにして、これをマルチコート付き波面誤差PV λ/4の高精度レンズで作ったのを「ピュア・ラムスデン」と名付けたわけでした。

■鏡胴の製作
 結論から申し上げますと、3Dプリントサービスで注文してしまいました。2,300円ほどの鏡胴製作費でした(レンズは1枚6千円です)。
 もともとは、SR4の鏡胴をそのまま利用してレンズをはめ込めば完成すると思っていたのですが、レンズ間隔を焦点距離と同じにするとSR4の鏡胴には納まってくれなかったのです。SR4はかなり変則的な設計で、2枚とも平凸レンズではなく各面別の曲率を持った両凸レンズなのですが、それだけではなくレンズ間隔も1mmしかとられていなかったのです。
 そういうわけで頓挫しかけていた鏡胴製作だったのですが、三脚架台製作の時に使った3D-CADのお試し期間が数日残っていたので、これを使って絵を描いて注文したのでした。31.7mmの鏡胴と、スリ割り付き軽く圧入するレンズの押さえ部品というシンプルな構成です。スペーサーは、模型用のアルミのものを調達しました。
 薄肉部は実に0.46mmの肉厚しかないのですが、3Dプリントサービスが難なくこれを造形してくれたのは凄いことでした。
ピュア・ラムスデンの部品(鏡胴とレンズ)

■ PURE R. vs 名だたるアイピース達 vs シーイング
 さて、ファーストライトは災害をもたらした台風19号が過ぎた翌日のかなり悪いシーイングの中で行われました。改造AZ-GTiにSE200N(20cm/F5)を載せて、まずかなり低空にいる木星に向けましたが、こちらは全くのNGシーイングでした。
 やや高度のある土星も、TMB PlanetaryII 6mmでカッシーニの隙間がかろうじて見えるかどうかというかなり悪い状態ですが、トライしてみることにしたのでした。

 軽いPURE R.6mmを装着してみた感想は…、「う~ん…」、というものでした。
 まずレンズ間隔が長いせいで視野が著しく狭く(25°くらいか)、しかもそれが見渡せない無慈悲なアイポイントの短さです。
 そして問題の中心像も特段良く見えるわけではないのです。いや、劣っている。。あの、単レンズの時に感じた驚きのヌケの良い像はありません。

 やっぱり酷すぎるシーイングのせいかな?とも思うわけですが、釈然としません。
 
ここで、SR4(但し6mm)に換装してみると、これがどういうわけか良く見える。PURE R.より良く見える。カッシーニの隙間もわりとハッキリ見えるんです。うーむ、こうなると「PURE R.は失敗作かな?」などとも思ってしまうわけです。

 ところが。今度は HR2.4mmに換えてみると、これがゼンゼン見えないんです。SR4mmよりもTMBよりも見えないのです。倍率が高いのにカシニの隙間が全くあやしいんです。
 あれれ?こ…これは一体!?!?
 そんな馬鹿なと思ってXO2.5mmに変えて見てもやっぱり見えない。XP3.8mmSMC O-6も、最近けっきょく入手したTOE3.3mmRadian4mmに換えてみるも、いずれも最悪シーイングの前に無残に撃沈されてしまいました。アイピースではどうにもならない悪シーイングだったわけです。

 ところがところが。再びSR4に換えて見ると、なぜか良く見える。
 あれれれれ??なんじゃいこれは?

 以前の眼視対決で非常に僅差に見えていた高級アイピース達をはるかに引き離してSR4が高級アイピースに優っているわけです。

酷すぎるシーイングの中で気づきを与えてくれたアイピースたち


■ アイピース中心像の「良く見える」を作る要素
 一体、アイピースのどういう性能が「中心像の見え味(解像力)」を醸すのかというのは、以前単レンズを覗いたときに考察したところです。収差でボロボロのはずの単レンズでも中心像は恐ろしく良く見えるという事実は、私だけではなく他の経験者達も語っているところですが、このことは、収差の大小だけが中心像の見え味を決定しているのではないということを示しています。
 これまでの一連のアイピース見比べから考えた中心像の良し悪しを決めるファクターは、「収差」「面精度」「合焦範囲」の3つではないか、と個人的には考えています。

 「収差」については言わずもがなで、少なければシャープに見える、ということです。このことは、古来より十分検討されてきたところかと思います。

 次の「面精度」について、勲二等の大家、吉田博士の1970年代の解説によればアイピースの面精度はあまり要らない(*)と述べておられますが、これには大いに疑問符をつけたいところです。
 なぜなら、観察しているエアリーディスクや回折環を作る光の干渉は主鏡の焦点ではなく網膜上で生じているからです。博士の論法は十分解説されてはいないのですが、「主鏡で生じた焦点面の干渉像をアイピースで拡大して見ている」という前提に立っているように見えます。しかしその干渉像はそこに実体として存在する物体ではなく、あくまでも「そこにセンサーを置いたら明暗が見える」ということに過ぎません。アイピースによって像は拡大できても波長まで伸びるわけではありませんから、アイピースでの光路長差も主鏡の面誤差と同様にエアリーディスクを不明瞭にすると考えられます。
 したがって、主鏡と同様にアイピースのレンズにも面精度は求められるというわけです。レンズ枚数が少ないと、この点が有利になるだろうとは思います。

 そしてもう一つ、「合焦範囲」は、ピントに対してどれだけシビアか、ということです。SRや単レンズは色収差と球面収差のせいでどこでもややピンボケなのですが、裏を返すとどこかの波長やどこかの光路は必ずジャスピンになっているという効果があり、観察している像には高周波の情報が必ず含まれていると考えられます。単レンズでは、「像が甘いのに微細な模様が良く見える」現象も体験しました。
 一方で、HRのように高級なレンズではピント位置がシビアで、そこを外すとジャスピンの高周波情報は含まれなくなってしまうという傾向があるように思います。もちろんジャスピン位置では高周波情報をふんだんに含んだ素晴らしい像となるわけですが、そこを外すと途端に見え方が甘くなるわけです。
 ちなみに、今回のPURE R.も比較的ピントにシビアな傾向となっていて、いっぱしの高級アイピース然としていました。
 このように、実際的な運用面では、許容される合焦範囲が意外と重要なのではないかとも考えています。なにせ、エアリーディスクより小さい像をいくら結像しても無駄なのですから、その分を合焦範囲の余裕に振った方が良いチョイスだという場面はありうる話です。

*吉田正太郎著,「天文アマチュアのための望遠鏡光学」, pp213, 1978

■ そしてシーイングとアイピース
 そもそもシーイングの悪さとは、大気中の密度差によって屈折率が変わるということが原因でした。
 私は長年勘違いしていたようで、この「屈折率変化によって像の位置がユラユラ動く」のがシーイングの悪さの本質だと思っていました。
 しかし、よーーく考えてみると、屈折率の分布が生じているということは光路長差も生じているわけで、像は面内で動くだけでなく、干渉での強め合い・弱め合いが起こるピント方向の位置も揺れ動いているのではないか(?)、とも思えてきたわけです。つまり、主鏡の2点から来る光を考えたときに、光の位相が合っていれば常に強め合ったり弱め合って干渉しますが、位相がズレれば強め合い弱め合いの状態が変わる(エアリーディスクと回折環の間が埋まる)ということです。
 こうなると、ピント位置がシビアな光学系では、キレイに干渉してくれる光がジャスピン位置にそろってやってきている必要があって、悪シーイングに弱いという可能性があります。
 逆に、ピント位置に寛容な光学系では、どこかを通過した光がジャスピン状態で干渉してくれてエアリーディスク外側の暗部が生じやすくなったりしないだろうか(未確信)、というわけです。そうであれば悪シーイングに強いという可能性もあるな、と思ったわけでした。

 そういえば、アイピース中心像対決をやったときに、眼視ではHRがSRに劣っているように見え、人工星ではHRが優っていたのは、こういうことだったのかもしれません。
 (単に、シーイングが悪いとピントをジャストにし難いというだけの問題かもしれませんが)

 こうなると、すごく良いシーイングでの PURE R. や HR / XO /XP / TOE / Radian といったアイピースの見比べをやってみたいなぁ・・・と。来年の火星、かな?

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※余談
 シベット様からの情報で、以前に紹介したキワモノ3群5枚プレスルの4mm版(¥850)がゴーストもなく「素晴らしいの一言」とのコメントを頂いております。私も前から注文しているのですが、まだ届いていない状況で、大変楽しみです。

コメント

シベット さんのコメント…
今回も素晴らしい検証と考察をありがとうございます。
アイピースの種類によって悪シーイング耐久性(?)に違いがあるなんて、思いもしませんでした。
というより、安いアイピースは悪シーイングでますます見えなくなる、って頭から信じ込んでました。
自分のSR4mm(実質6mm)はケンコースカイステージに付属していたものですが、先日入手した「キワモノ3群5枚プレスルの4mm」との比較では良像範囲で劣っていたので、さすがに引退かと考えましたが、突然、貴重品として光を放ち始めました(笑)。今回の内容も「小さな革命」と言っていいのではないでしょうか。自分も悪シーイングへのSRの耐久性を追試してみようと思います。「シーンイングが悪い時はSRを使え! 」っていう新しいセオリーが生まれるかもしれません。

しかし、良シーイングのもとでは、PURE R.も素晴らしい性能を示す可能性もまだ残っていますよね。「・・・まだだ、まだ終わらんよ!」かと(笑)
Lambda さんの投稿…
シベットさん、いつもコメントありがとうございます!
私も、この悪シーイング耐性の違いにはちょっと驚いています。

アイピースの見え方、とくに高倍率での中心像については、いわゆるシャープネスと見える/見えないが必ずしもイコールじゃないというのが、とても不思議な感覚です。
最たるものが高精度マルチコート単レンズで、「ボケてるのにやたら模様が良く見える」世界がありました。SRはそういう怪しげな血を引いてる感じです。

是非シーイング耐性についても追試いただければと思います。
「気流でボケてんだけど模様やカシニの隙間の情報が確かに入ってる」奇妙な像、自分が見たものが幻でないことを確認したいです。

ちなみに、収差補正を狙ったPURE R.は、良シーイングでリベンジです。
それまでに、いまいちど組付けで失敗していないか確認しておきたいと思います。

#キワモノPL、私も6mmで中心を外した像を見ているだけに期待大です。
 SRの難点は、やはり何といっても周辺像がダメなところですから、これをクリアできるPLはベストオブベストかもしれません。
匿名 さんのコメント…
こんにちは。

僕も先日戴いたSRで、回復直後の悪シーイングの日に見ましたが、
良シーイング時ではトップに躍り出ることもある、安MH12.5+バロー
のほうが悪かったです。(その後あきらめて即撤収しました。)

SMC Oー6は違いますし、HR2.4mmはレンズ構成が公表されていない
みたいなので不明ですが、XOやXPはたしかPL+バロー(スマイス)という
構成になっていたはずなので、こういうものはピント位置がシビアなのかも
しれませんね。
Lambda さんの投稿…
望遠馬鹿さん、コメントありがとうございます!
SR、悪シーイングでそれなりに見える、ということかもしれませんね。

ピントのシビアさは、何がどう効いているのかよく分からないのですが、縦横の収差補正を完璧にしていくとシビアになっていく感じです。
感覚的には、HR > TOE ≒ XO ≧ SMC O >> SR
という感じのシビアさの順位(?)かなと思ってます。

HRの構成は、スマイス+ケーニヒ(2群3枚)で、XOはご指摘のように スマイス+PLですね。
そういえば、望遠馬鹿さんにご紹介いただいた3群5枚の構成も、XO5と似ている感じです(スマイスの凹凸の向きが逆ですが)。視野側に入っているレンズを今調べてみましたところ、負のレンズでした。
匿名 さんのコメント…
Lambdaさん、返信ありがとうございます。

HRはケーニヒでしたか! そしてXOはHRなどの高性能アイピ
よりやや悪シーイングに強く、さらにアヤシー3群5枚PL6.3mm
はXO5と近いレンズ構成・・・・
その上、その4mm版は ¥850で「ゴーストも無く素晴らしい」
とは!!!

サイフの中身が早くも冬景色な僕としましては、嬉しい情報です。
さっそく入手してみたいです。
Lambda さんの投稿…
早速のご返答ありがとうございます。

あの Datysonプレスル、望遠馬鹿さんにいただいたタレコミのおかげでの大発見です!
SRのような中心だけではなく、周辺までしっかり使えるというところがまたなんとも素晴らしく、名だたる高級品とガチンコ勝負できる内容なのではないかと期待しながら到着を待っているところです。

(「Datyson猪年記念版8mm」までついでに注文しちゃいました)